織田信長公が祭神のパワースポット。
建勲(たけいさお)神社の特徴
織田信長公を祀る特異な神社で、珍しい祭神に感動します。
天童公園の西側に位置し、信長にまつわる歴史が感じられる場所です。
夜のライトアップが美しく、安心して訪れることができるスポットです。
織田信長から脈々と続く天童織田藩のあった舞鶴山の麓に信長を祭った神社⛩️建勲神社が有ります。道が狭く駐車場も五、六台しか駐められません。神社自体は明治時代の創建です。
主祭神が織田信長の珍しい神社です。日曜の昼過ぎに訪れましたが、静粛な佇まいで威厳を感じました。御朱印は毎年図柄を変えているとのことで、天童へ旅行の際に記念として拝受するのも面白いかもしれません。なぜ山形県天童市で織田信長を祀っているのかを調べるのも旅の醍醐味ではないでしょうか。
祭神は織田信長とのこと⛩️多数の信長ののぼりがはためいてました😮
街中を歩いている時に見つけ、寄ってみました。階段を上がり切ったところにあり、雨のせいかひっそりと構えていました。織田信長を祀った神社ですが、織田家と天童の血の縁を知ることができました。また、紅葉の時期できれいでした。
天童織田家(信長の二男)の縁で、信長が祀られています。朝の7:30、誰もいませんでした。ひっそりとしていました。ここでは深い礼が求められていました。
山の中?なのか細道を上がって行くと神社がありました。他にも駐車場があるのかもしれませんが、ナビ通りに行くと細道ルートでした。大きい車や車体の低い車はお気を付けください。御朱印は社務所でお声がけし直書きして頂きました。金平糖も一緒に頂きました。織田信長公を祀っている神社だそうです。
6月の月曜日の平日の朝9時ころにお伺いしました。建勲神社(たけいさお神社)境内はとても静かでこじんまりしていますが、朝の光に凛とした社殿を目の前に引き締まる気持ちになります。社務所は閉まっておりましたが、一台車が止まっておりましたので、念の為蔵のある方に行くと入口が空いておりましたので声を掛けて、御朱印を書いていただきました。その際に大きな粒の入った金平糖を頂きました。なぜ織田信長公を祀っているのか、大変丁寧に神主さんにご説明を頂きました。無勉強な私が耳にするお話は大変深く広く、興味深いものでした。こちらにも神殿の中に昔宣教師が描いた信長公の肖像画が見られるとお話を聞き、見せていただきました。神殿の中には不釣り合いなほどの古い甲冑が右手に並んで物々しく、、正面左手に大変美男子な信長公の肖像画(宣教師画おそらく複製)がありました。よく歴史書にある信長公の日本画に比べると違いはあれど、表現の違いのみで、特徴はよく捉えて似ていて大変鼻が高くイケメンであったことに感動しました。末裔が守る神社、そして近くに天童織田藩の菩提寺(三宝寺)もあることもこちらで伺い、この日は炎天下となりましたが、その足で立ち寄らせていただきました。
舞鶴山の西斜面に鎮座する歴史ある神社で、お社は趣きがあります。有名なのは、境内の斜面一面に広がる躑躅園で、満開時は燃えるような赤色の世界が辺りを覆います。麓からも見えるので、良い時期だと思ったらぜひ一度訪れてください。ツツジ祭りもやっているようです。ただ、駐車スペースは狭いので、麓か山上から歩いて行くことをお勧めします。
今回初めて行って神輿担ぎなかなか神社に纏るあれこれとしか言えませんが、すごいとしかい言えません。
| 名前 |
建勲(たけいさお)神社 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
023-653-0289 |
| 営業時間 |
[木金土日月火水] 9:00~17:00 |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
|
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日本で最初に織田信長公を祀った神社です。【行き方・アクセス】天童駅から徒歩15分ほど。道は平坦で歩きやすいです。仙台空港→仙台駅から目指すルートだと、羽前千歳駅で乗り換えになります。電車の本数が少ないため、タクシーを使うのも手です。※地区が違うため運転手さんが神社の場所を知らない際は、一旦「天童駅」を指定した方がスムーズです。【階段・歩きやすさ】鳥居をくぐったあと、拝殿まで続く急な石階段があります。手すりはありますが、段数はそれなりにあります。【駐車場】階段とは別に坂道(車道)もあり、拝殿前まで車で行くことができます。拝殿前に数台停められるスペースがありますが、道幅がかなり狭いため運転には注意が必要です。【御朱印・授与品】御朱印:神主がいらっしゃれば直書きしていただけます。御守り:お守りや厄除守り、御札などを授与していただけます。これらを拝受した際、信長公にちなんだ「金平糖(御神饌)」を添えてくださいます。【雰囲気】到着したときは誰もいませんでしたが、その後、年配の方、学生さん、観光の一団などいろいろな方が次々と訪れており、静かなれど地元やファンに深く愛されていることが伝わってくる神社でした。