莇生神社⛩で心安らぐひととき。
莇生神社の特徴
産土神社として毎月お礼を言いに行く場所です。
良い神社で、地域の人々に親しまれています。
親しい思い出と信仰を育む特別な神社です。
地域の方々が護っている神社です。地域の役員の方々が正月に社務所に詰めていただき、ご朱印をいただきました。
近くの神社で、毎月お礼を言いに行ってます。
良い神社です。
みよし市の北部、莇生(あざぶ)地区の氏神さま、莇生神社です。この神社の拝殿は、三好村出身の有名な堂宮大工、小野田又蔵が大正15(1926)年に建てたものです。小野田又蔵の作品としては最後のものと言われているようです。大きなクスノキには、ナンテンが実生しており、このクスノキの樹齢は相当なものと考えられます。平和神社と言う殉国者の霊を祭った神社があります。また多くの境内社が祀られています。山神社、八柱社、神明社、津島社などです。莇生神社に境内社が多いのは、明治14(1881)年に南莇生村と北莇生村が合併したことによります。一村一社の勅令に従って、合祀が行われたそうです。
荕生神社⛩(←読めませんかね、アザブ神社)は、わたくしの産土神社。祭神は天照大御神さまで、齢39にして、色々な学びを経て、改めてお参りに伺いました。子どもの頃は、お祭りにきたり、運動会にきたり、母親が児童館に勤めていたものだから、よく来ていたように思います。懐かしいなあ😙大人になって来てみて、こんなに小さかったかなと。成長したことのあらわれでしょうかね🙆♂️
| 名前 |
莇生神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[金土日月火水木] 24時間営業 |
| 評価 |
4.6 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
周辺のオススメ
莇生(あざぶ)神社⛩️むかしの三好がまだ村で分割していた頃、みよし市北部の村は黒笹、福谷(うきがい) 、莇生、新屋に分かれていて境川に面した莇生地区は農作地を広くとれたため集落が広がった長閑な里でした。莇生も、南莇生と北莇生に分かれていたらしく、莇生新田と併せて合併したため広大な行政区となったようです。もともと分かれていた地区から神社などが合祀されこの莇生神社に纏められたとあります。この莇生神社は、ひとつの丘になっており遠目でも莇生保育園から見るとこんもりとした森のやしろになっており社域は広く、莇生農村公園、莇生児童館、莇生老人憩いの家、莇生公民館など莇生の行政機関が凝縮した丘になってます。なにか全体が昭和の面影を残し、懐かしい雰囲気があり好きでよく三好丘から散歩に来ます。莇生の集落も無用な近代施設など造らす、むかしの集落のままの空間が広がり、みよし市がしっかりと保存管理すれば必ず後世、貴重な昭和遺産となり得る地区だと思います。昭和46年度莇生野菜集荷所や、みちを挟んだグレーの建物もしっかり保存管理していただき、公開していただいて莇生の魅力を知らしめて欲しいと思いました。2026.01.07⛩️初詣しました。篝火凛々しくお正月の装いの莇生神社。これからも散歩がてら参拝させていただきます。神社下の竹藪にタヌキの夫婦か親子が居ました。人に慣れてるので居着いてるのでしょう。なんか縁起良い感じでした。