本堂から歩く天寧寺の魅力。
萱野権兵衛/郡長正の墓の特徴
萱野権兵衛は静かな環境が魅力的な場所です。
本堂から歩いて行ける、歴史を感じる場所です。
天寧寺の境内にある、アクセスに少し歩く史跡です。
天寧寺の境内にありますが、本堂からはそこそこ歩きます。途中から山道となり、さらに「熊出没注意」の看板もあるので要注意です。辺り一帯が萱野家の先祖代々のお墓になっており、どのお墓が萱野権兵衛のお墓なのか、短時間で発見するのは難しかったです。郡長正のお墓はすぐに見つけられます。萱野権兵衛は会津藩の家老です。会津戦争後に、新政府軍としては松平容保公に責任をとらせることは憚れるため、身代わりとして藩家老の切腹を求めました。この時に名乗り出たのが萱野権兵衛です。戦争責任を一身に受けて主君を守りました。郡長正は萱野権兵衛の次男です。文武共に優秀で豊津藩(九州小倉)に留学しますが、そこで切腹することになります。理由は不明ですが、一説には会津の干柿を母に無心したところ母に叱責されます。その手紙を落としたことから学友に馬鹿にされたことによるそうです。
| 名前 |
萱野権兵衛/郡長正の墓 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
3.3 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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萱野権兵衛は八重の桜で柳沢慎吾が熱演した家老敗戦後に松平容保公の身代わりに切腹した会津藩の功労者なのに墓所は寂れていて気の毒な感じがした。墓地に居た地元の人に場所を聞いても誰それ?!って感じで知らなかった…案内板が不親切で場所は分かり難いが墓苑最奥の右カーブの細い山道を少し登ると萱野家の墓所がある。代々の墓石が多数あるが観音様側から入って行って一番奥の左側に墓石がある(墓石の明治二年五月の没月日で確認できる)