歴史感じる高田山専修寺。
本寺専修寺の特徴
江戸時代に建てられた荘厳な建物が多く残る寺院です。
親鸞聖人ゆかりの唯一の寺院として訪れる価値があります。
自然に囲まれた広い境内で散策を楽しむことができます。
浄土真宗十派のうちの一つである真宗高田派の寺院。本寺専修寺と本山専修寺があります。本山の住職が本寺の住職を兼任しています。「専修寺」の名の由来は浄土系宗派の特徴である専修念仏に基づいています🧐専修寺は親鸞が嘉禄二年(一二二五)に開いたもので、寛正六年(一四六五)伊勢の一身田に新たに専修寺が建立されるまでは、真宗高田派の本寺であった。如来堂(阿弥陀堂)を正面に置き、これと矩折りに御影堂を配した伽藍は、ほかの真宗寺院には例がなく、阿弥陀堂を重視する古式を残したものと考えられています🥸御影堂は正側面三方を広縁とせず、矢来の間が分化せず、余間の床高を前後で変えるなど、一般の真宗仏堂とは違った形です🤓如来堂は屋根が大きいプロポーションや細部の手法は時代相応であるが、平面や構造は一般の近世真宗仏堂とは違って、中世密教仏堂に近い感じです😉所在地 栃木県真岡市高田1482宗派 真宗高田派本尊 善光寺式阿弥陀三尊(一光三尊仏)創建年 嘉禄元年(1225年)開山 親鸞聖人文化財 如来堂、御影堂、楼門、総門など(重要文化財)
駐車場は寺院の東側、寺院入口はそこから少し下った南東側。親鸞時代の建築だという茅葺きの総門を潜った先が山門。右手の長屋門の先は寺務所。山門には朱に縁取られた扁額が掛かっており建長寺の総門に似た印象を受ける。その先が本堂的役割の如来堂。千鳥破風を持つ権現造のようなお堂で神社に似た雰囲気。親鸞が唯一建立した寺だと言われる。祀られているのは本尊の天拝一光三尊仏。一光三尊仏とは善光寺様式の阿弥陀仏のこと。天皇陛下のお目にかかった仏なので天拝の字が付いている。太子堂と涅槃堂の先が親鸞の御影を祀る御影堂となる。御影堂と阿弥陀堂が並んだ本願寺とは異なる形式である。専修寺は親鸞の弟子真仏が受け継いだ寺でありかつては高田門徒が浄土真宗の最大派閥であった。この時代には本願寺は大谷廟堂の名であり親鸞の子孫である大谷家もその留守職に過ぎなかった(専修寺も如来堂の名であった)。加賀一向一揆の時代には本願寺とは異なる陣営につき度々戦火を交えている。戦国時代に本山の地位は伊勢国の一身田専修寺へ移ってしまった。
2027.1.1初詣に訪れました。ここは混雑も無く静かにゆっくり過ごせるのがいいです。日本一の木像涅槃像があります。親鸞が立てた唯一の寺院で歴史もあり、清々しい場所。
朝、自転車で訪問。見どころたくさんあるお寺です。高田山専修寺の森が寺の奥にあって、桜陣屋まで歩けます。「親鸞聖人御廟」という看板が森の中にあったんですが、こっちに行けば聖人のお墓があるようです。次回、行ってみたいと思っています。総門横でパンフレットがもらえます。
由緒あるお寺さんで 古に想いを馳せるゆったりとした時間を過ごせますお寺の土塀に引かれた五本の白い水平線【筋塀】建物の各所に見られる【菊家紋章】どれほど格式の高いお寺なのか見応えのあるお寺さんです。
茨城県常総市の弘経寺や栃木県大田原市の大雄寺もよかったけど、こちら栃木県真岡市の高田山専修寺(せんじゅじ)もすごくよかったです。僕はお寺について全く詳しくないし、こうだからっていう理由もまたお参りしたいなと思うからくらいしか説明できないのですが、すごくよかったです。ちなみに、昼食をとった下館の食の蔵荒為さんから車で20分程度で到着しました。以下、HPより浄土真宗の開祖・親鸞聖人が長野の善光寺より一光三尊物を本尊に迎え、1225年に開山した名刹。創建時の建物と伝えられる総門から一直線に並ぶ楼門と如来堂、寄棟造りの御影堂などの伽藍に加え、親鸞の高弟である真仏上人や顕智上人の像など、数多くが国の重要文化財に指定されています。高田山専修寺の木造金箔塗りの3メートルにおよぶ大涅槃像は日本一ともいわれる大作で、他所では見ることができない逸品です。専修寺の文化財・ 専修寺境内及び三谷草庵-国指定史跡・ 御影堂-寛保3年(1743)-寄棟、銅板葺(元茅葺)-国指定重要文化財・ 如来堂-元禄14年(1701)-入母屋、銅板葺-国指定重要文化財・ 総門-江戸時代初期、切妻、茅葺、薬医門-国指定重要文化財・ 楼門-元禄年間(1688~1703),入母屋,桟瓦葺,一間一戸-国指定重要文化財・ 専修寺のケヤキ-推定樹齢600年,樹高16m,幹周5.2m-栃木県指定天然記念物・ 専修寺のシダレカツラ-推定樹齢100年-栃木県指定天然記念物・ 銅造観音勢至菩薩立像-鎌倉時代-栃木県指定重要文化財・ 木造親鸞聖人坐像-鎌倉時代、像高84cm-栃木県指定重要文化財・ 木造涅槃像-江戸時代-栃木県指定重要文化財・ 木造真仏上人坐像-鎌倉時代、像高74.6cm-国指定重要文化財・ 木造顕智上人坐像-鎌倉時代、像高75.6cm-国指定重要文化財・ 木造阿弥陀如来像-鎌倉時代後期-栃木県指定重要文化財・ 木造聖徳太子像-14世紀、南無仏-栃木県指定重要文化財・ 涅槃像-元禄期,約3m,木造金箔,江戸湯島久兵衛作-栃木県指定文化財・ 御前立(中央:阿弥陀如来像,左脇侍:勢至菩薩像,右脇侍:観世音菩薩像)-県指定。
歴史を感じる素晴らしいお寺でした。境内は思っていたより広くてゆったり回ることができました。施設の横にボタンがあり押すと説明が流れてきます。お寺の方がとても優しかったです。木造だと日本一大きいという涅槃像もすごかったです。
大学の頃、教授が絶賛されていたのでずっと興味があったのですが、想像よりずっと立派で感動しました!!特に茅葺き屋根の総門、涅槃さまと、宝物の仏さまたちに歴史を感じました。また、檀家のお当番なのか集まっていた真岡のお父様方が暖かくて、ほっこり涙が出ました。いいところだな。人生つらくて体調崩していたのですが、元気をいただきました。次は誰かを連れてきてあげたい、すごくすごく素敵なお寺です。
浄土真宗(一向宗)の始祖、親鸞は、妻の恵信尼の父の所領があったという北関東の地で40歳代後半から60歳まで布教活動。その親鸞が創建したのがここ専修寺。専修寺の起源となったのが、真仏(1209年−1258年)を中心とする高田門徒である。寺伝では1225年に親鸞が創建したとあるが実際は親鸞が布教のために真仏の建てた如来堂に滞在し、それが後年専修寺に発展したものと言われる。親鸞に関わるその他の伝承も、高田門徒の活発な活動が、後世親鸞の事績として伝えられるようになったものなのだろう。『あなたの知らない栃木県の歴史』50−51頁ということで、もともと伊勢の浄土真宗高田派の本拠地(総本山)はここだったのですが、第10世真慧上人が、日本全国布教活動する一方、ここ本寺専修寺が戦争によって焼失したため、三重県の一身田に本山を引越。このためか、すっかりここは廃れてしまったようです。実際に一身田の専修寺に行くと壮大な高田派の伽藍を望むことができます。個人的には一身田のイメージで来訪してしまったため、一神殿とのあまりのその落差に逆にびっくりしてしまいました。
| 名前 |
本寺専修寺 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0285-75-0103 |
| 営業時間 |
[日月火水木金土] 9:00~16:00 |
| HP | |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
|
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同じ県内に住んでいて、これほどのお寺があったとは、知りませんでした。国重文、県重文が数多く有りビックリしました。その中で、涅槃像が日本一だとは!。