則定町の歴史と共に、心安らぐひと時。
則定熊野神社の特徴
岩の祠には徳川の葵紋が刻まれており、歴史的価値を感じられる場所です。
旧則定村村社として、地域に根付いた信仰の場となっています。
静かな環境の中で、神社の伝統と文化を体験できます。
旧則定村村社。所在地は則定町字本郷。1838年(天保9年)の『賀茂郡九ケ村明細帳』に記載がある「産神社」に比定される。
駐車場は則定町集会所を利用。鈴木正三記念館の前を通り過ぎて則定小学校の横の道を上りきったところが熊野神社です。石柱に刻まれた神社名は「熊埜神社」。埜は野の旧字。車椅子対応:鳥居まではずっと坂で大きな段差はないので行けないことはないですが傾斜が急なので多分押す人がものすごく大変です。拝殿は階段の上です。普通に歩いても無酸素運動なカペルミュールもかくやと思われる坂を登り切ると最近よく見る化繊の注連縄がかかった石の鳥居。切り下げはプラ板。現代の技術を取り入れながら維持管理時が継続されているようです。鳥居の先は壁無し拝殿?と思いきや神楽舞台でしょうか。拝殿と本殿はその奥にありました。本殿は流造、素朴な木造建築です。獅子・狛犬無し。(寂しい…)熊野那智大社編(1942)『熊野三山とその信仰』による社格:村社神社名:熊野社御祭神:事解男命 伊邪那美命尊 速玉男命鎮座地:東加茂郡盛岡村氏子又は崇敬者数:84昭和初期の山間の神社としては氏子数が多いです。愛知県神社庁編(1992)愛知県神社名鑑による氏子数は48戸拝殿右側に「虎の神」という立て札。石の祠に葵の紋が彫り出されていると書かれていますが、石が積んである場所は苔と植物で覆われてよくわかりませんでした。さらに奥に心月院跡がありますのでついでに立ち寄ってはいかがでしょうか。
岩の祠があって、祠内に徳川の葵紋が刻まれているという。
| 名前 |
則定熊野神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
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則定熊野神社😊愛知県豊田市則定町にある「則定熊野神社」は、江戸時代初期に活躍した仏教者・鈴木正三や天草代官・鈴木重成らを輩出した「則定鈴木氏」ゆかりの神社です。由来・歴史社伝によると、領主である鈴木氏は紀州(和歌山県)藤代の出身とされています。江戸時代初期の寛政年間(1789年頃)に、熊野信仰の総本山である紀州の新宮から勧請(神仏の分霊を他の場所に移して祀ること)されたのが始まりと伝えられています。ゆかりの人物則定の地は、江戸時代初期の武士でありながら出家して曹洞宗の僧となった鈴木正三(しょうさん)や、その弟で天草の乱後に民政安定に尽力した代官・鈴木重成の故郷です。神社の周辺には、鈴木正三が開いた寺(のちに現在地へ移転した広厳寺)や、鈴木正三記念館などもあり、地域の歴史と深く結びついています。