新利府駅からの温かい道。
長龍寺(浄土宗)の特徴
昨日、新利府駅で迷ったおばあさんを助けました。
味のこまつやでの昼食がとても美味しかったです。
御朱印は直筆で、金額指定がないのが魅力的です。
◆2022年6月5日(日)に昼食に「味のこまつや」を訪れた。その隣にあるのが長龍寺である。手書きの当寺の沿革が興味深い。😃🎶<案内板の内容>浄土宗光明山長龍寺の沿革◇江戸時代初期と言えば島原の乱や慶安の変がおこるなど、国内の変革には著しいものがあった。時の将軍は三代・徳川家光。当寺はそのような時代のただ中に、同じ利府町内の浄土宗名越派(なごえは)の順蓮社良木上人利白和尚(かしょう)によって開かれた。◇伽藍の本堂は昭和20年9月30日に近隣で起きた火災により消失するも、その後復興し、更に昭和56年12月現堂宇を建立。同町森郷の山裾の墓地を拡張整備し、合わせて水子供養塔納骨堂を造立、特にお盆やお彼岸には多くの参詣者で賑わいを見せている。◇当寺本堂には、西方極楽浄土に在まし我々愚鈍の衆生をお救い下さる阿弥陀如来を本尊として安置しているが、境内には他に観音堂があり、また不動明王堂、そして弁天堂のあったことが伝えられている。不動明王堂は寛文三年(1662)3月17日、篤信者であった加瀬の佐々木音治によって東方に観音堂と向き合って建立され、堂内には「天保申七年三月二拾八日拾五世良誉素演作」の銘が入った不動明王が祀ってあった。また、当寺住職第七世の海音和尚は五尺四面の弁天堂を建立、時に元文二年(1737)11月15日であった。中には弁才天が安置され多くの人々に信仰されていたという。更に安永二年(1772)7月7日利府本郷の阿部三良治によって、二間四面の観音堂が創建された。堂内に祀られていたのは三十三観音像で、これは山寺の愛称で有名な山形・天台宗立石寺より賜ったことが記録されている。◇弁才天堂と不動明王堂は今は無く、西向の観音堂を残すのみとなっているが、旧利府街道に面していたこともあり、残してきた家族と道中の無事を祈って往来の旅人は必ず立ち寄ってお参りしたという。なお、不動明王像は現在ではこの観音堂に、また他に今世数少ない地獄の裁判官として名高い閻魔(えんま)大王がその眷属十二体と共に安置されている。本堂の納骨に 今から約二百五十年前に作られた身の丈三尺余りの延命地蔵像が祀られている。人々の様々な苦しみを代わりに受けて願いを叶えてくれるとされ、 また、不幸にも幼くして生縁尽きた水子を救って下さる菩薩として深く信仰されており、訪れる参詣者は後を絶たない。
昨日間違って新利府駅で降りたおばあさん車で送ってあげました。
| 名前 |
長龍寺(浄土宗) |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
022-356-2041 |
| 評価 |
4.5 |
| 住所 |
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御朱印直筆金額指定無しお忙しい中のご対応ありがとうございました。