静寂の中に息づく、碧血碑の記憶。
碧血碑 (箱館戦争旧幕府軍戦没者の慰霊碑)の特徴
箱館戦争で戦死した土方歳三や中島三郎助父子を祀る碑です。
函館のドン突に位置し、静かな佇まいが歴史を感じさせます。
谷地頭温泉から徒歩でアクセス可能、訪れる際は注意が必要です。
箱館戦争の佐幕派戦死者を弔う碑です。臥牛山妙心寺さんの裏手にありますがとても解りにくい。妙心寺さんの看板の脇に隠れて案内表示があります。結構登りますのでちゃんと歩ける靴が良いと思います。クルマで行くときは停める場所に注意して下さい。
静かでした。本当に、静か。訪れたとき、自分以外誰もいなくて。ベンチに座り、ただぼんやりと過ごしました。ここに眠る人たちのこと。幕末の激動の時代のこと。いろんなことを想像しながら。そういう時間が、自然と流れていく場所です。*ひとつだけ覚悟を。碑にたどり着くまでの坂道と階段、なかなか大変です。歩きやすい靴で行くことをおすすめします。でも、その道のりも含めて「歴史に会いに行く」感覚がありました。観光地の賑わいとは無縁の、静かに歴史と向き合える場所。函館に来たら、ぜひ足を延ばしてみてください。
木々に囲まれた静謐さを感じる碑です建てられた経緯が凄惨なので、思わず旧幕府軍の無念を慮りました。アクセスは舗装路の突き当たりから階段があり、さほど歩きませんただし突き当たりの空き地は私有地っぽいので、車の場合は八幡宮へ詣でて(駐車場を拝借して)から歩いた方が確実かもしれません。
箱館戦争での旧幕府軍の戦没者を供養するために建てられました。当時は旧幕府軍の戦死者を埋葬することが許されず、死体は野ざらしにされ、それを見るに見かねた柳川熊吉が建てました。新政府軍を敵に回す覚悟で行動に出た熊吉の心意気に敬意を表したいです。
1869年(明治2年)幕末に発生した戊辰戦争最後の戦いである箱館戦争が終結後、新政府軍の命令で町中に放置されていた旧幕府軍の戦死者 約800人を侠客の柳川熊吉が中心となり、日蓮宗 実行寺の住職 松尾日隆らとともに回収し埋葬しました。その際、慰霊のために箱館山の麓に建立されたのが、この碧血碑です。碧血(へっけつ)とは、周の時代に萇弘(ちょうこう)が「君主に忠義をつくしたが信任されず自死したけど、3年経った時にその血がと碧玉(へきぎょく)と変化した」という中国の故事に由来し「強い忠誠心」を表す言葉です。碧血碑の裏側に「明治辰巳實有此事 立石山上㕥表厥志」との碑文があります。その意味は「明治2年にこの事は実際にありました。山の上に石を建ててその気持ちを表す」です。建立当時の箱館戦争について触れる事はタブー視されていた事が伺い知れる内容と思われます。碧血碑についての詳細な由来としては、「勝てば官軍 負ければ賊軍」の言葉のとおり旧幕府軍は賊軍扱いされ、旧幕府軍側の土方歳三を初めとする戦死者の遺体は、見せしめのために町中に放置するよう新政府軍側によって取り決められました。その遺体を勝手に埋葬すると犯罪になりましたが、見るに見かねた人が柳川熊吉その人でした。彼は五稜郭建設のために江戸から人材派遣業を行うために箱館に移り住みましたが、侠気や男気あふれる人でしたので罪に問われる事もいとわず死体を埋葬しました。しかし新政府軍側に見つかる事となり死罪を言い渡されましたが、新政府軍の薩摩藩士 田島圭蔵は「これからの日本のために、こういう男を死なせてはならない」と考え、熊吉への打ち首を取り止めさせて彼は無罪釈放となりました。1874年(明治7年)8月18日に明治政府が正式に賊軍戦死者の祭祀を許可すると、箱館戦争の生き残りである榎本武揚や大鳥圭介らが熊吉と協力して、明治8年5月この碧血碑を建立しました。晩年の柳川熊吉は、碧血碑の傍で余生を過ごしながら、1913年(大正2年)に89歳で生涯を閉じました。彼の88歳の米寿に際し、有志らは彼の義挙を伝えるため、碧血碑の直ぐ側に碑を建てました。その碑は今でも存在しているので、まるで柳川熊吉が見守っているようにも見えます。石碑の近くに四阿があります。そのほか、ここは心霊スポットとしても有名のようですが、碧血碑建立に至る由来を勘案すると、いい年した良識ある大人が面白半分で来るべき所ではないのは、言うまでもありません。
アクセス:妙心寺を過ぎて右手に登山道がありますすごく綺麗、、歴史に詳しくなかったら、五稜郭タワーの売店に販売されていたヒジカタ君の箱館戦記を読んで訪れたほうがいいかもしれません。良い物語でした😭途中立待岬への分かれ道あり、徒歩35分と書いてあります 天気のいい日に時間に余裕を持って一緒に回った方が効率良いかも。
箱館戦争で戦った旧幕府軍の慰霊碑です!箱館戦争の観光地巡りで寄りました!GoogleMAPは妙心寺から・・・っとなり妙心寺をウロウロしていました!たまたま住職さんが帰宅して、碧血碑の行き方を教わりました!妙心寺の中ではなく、妙心寺に入らず函館八幡宮とは逆方向に向かうと階段があります!5月2日に行きましたが、まだ肌寒く少し不思議な場所でした!タイミングなのか鳥の声もあまり聞こえず静かで戸惑いもありました!
初めて足を運びましたが、ここだけ空気が明らか違いました。そして、碑を前にした途端悲しくてボロボロと泣いてしまいました…。ここにひっそりと建てざるを得なかった、数多の尊い命を思って手を合わせてきました。google mapの指し示すところへ向かうと、妙心寺というお寺さんへ辿り着きますが、入口の階段はお寺を正面に見て左脇にあります。初めて行かれる方はご注意ください。
函館観光ではメジャースポットではありませんが新選組、土方歳三ファンは訪れるべき場所でしょう。多少の山道を歩きますが運動靴であれば問題なくたどり着けます。山の中に静かに凛として佇む石碑をみれば幕末の志士の熱い思いに畏怖と畏敬の念を感じずにはいられません。
| 名前 |
碧血碑 (箱館戦争旧幕府軍戦没者の慰霊碑) |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[土日月火水木金] 24時間営業 |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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12月4日、大雪の日に訪れました。激しい雪のせいか周囲には誰もおらず、ただ音のない世界が広がっていました。白一色の中佇む碧血碑の姿は、言葉を失うほど神秘的でした。