紫陽花輝く伊達忠宗の霊屋。
感仙殿の特徴
伊達忠宗公の霊屋で、歴史の息吹を感じる場所です。
鮮やかな紫陽花が咲く、趣ある木々に囲まれた空間です。
瑞鳳殿に似た美しい建物が、凛とした空気を漂わせています。
瑞鳳殿への参道を進むと途中で道が二手に分かれる。瑞鳳殿(伊達政宗公の霊屋)へは左方向に進むが、右方向(順路としては逆)の先にあるのが二代藩主と三代藩主の霊屋である。こちらの「感仙殿」は二代藩主である伊達忠宗公(1640-1711)の霊屋。本殿、唐門、拝殿、廟門等からなる華麗なものだったが、明治初年に廃仏毀釈の影響を受け、本殿以外は取り払われた。昭和20年の戦災で焼失しており、こちらは昭和60年に善応殿とともに再建されたものとなる。感仙殿の両脇には忠宗公死去の際に殉死した直臣と陪臣の供養塔があったが、こちらも戦災で破壊され、同じく建て直されている。2025.10 訪問。
2025年3月25日まで修繕工事が行われています。30年ごとの本格修繕と15年ごとの中間期修繕を行っているみたいです。付近に板碑(板状の石で造った供養碑)がおかれていますが、墓所の石材として使われたみたいです。かなり古いもの(南北朝時代?)と考えられ、これ自体が貴重な史跡です。
感仙殿は二代藩主伊達忠宗公(1599~1658)の霊屋で、寛文4(1664)年に四代藩主伊達綱村公によって建立されました。瑞鳳殿と同様に本殿、唐門、拝殿、御供所、廟門などの建築からなる華麗なものでしたが、明治初年に廃仏毀釈の影響を受け、本殿以外は取り払われました。昭和6(1931)年に江戸初期の廟建築の優れたものとして、瑞鳳殿とともに国宝に指定されましたが、昭和20年の戦災で残された本殿も焼失しました。現在の霊屋は瑞鳳殿に続いて再建が進められ、昭和60年に完成しました。感仙殿の両脇には忠宗公死去の際、殉死した直臣と陪臣の供養塔(宝篋印塔)があります。戦災による感仙殿焼失の際、創建当時の供養塔は破壊されましたが、感仙殿再建の折、同じく建て直されました。
仙台藩の二代目藩主、伊達忠宗の霊屋です。昭和20年の戦災で、元々の本殿も焼失したそうです。現在の霊屋は瑞鳳殿に続いて、昭和60年に再建されたそうです。
仙台藩二代目藩主忠宗公の霊廟。名君との誉れ高い藩主。瑞鳳殿とともに国宝に指定されていましたが太平洋戦争で焼失してしまい、1985年に復元されたものです。三代藩主綱宗公の霊廟、善応殿が並んで建っています。瑞鳳殿経由でなくて直で石段を登ってくると来ると拝観料はいらないようですが、感仙殿入口に瑞鳳殿の観覧券をお持ちの方は観覧できます、との表示がありました。
仙台藩2代藩主・伊達忠宗(慶長4[1599]年 - 万治元[1658]年)の霊屋(たまや/死者の霊魂を祀ってあるお堂)になります。寛文4(1664)年に4代藩主・伊達綱村(万治2[1659]年 - 享保4[1719]年)によって建立されました。瑞鳳殿と同様に本殿、唐門、拝殿、御供所などの建築からなる華麗なものでしたが、明治初(1868)年に廃仏毀釈(はいぶつきしゃく/仏教を排除しようとする運動で、多数の寺院や仏像が破壊された)の影響を受け、本殿以外は取り壊されました。昭和6(1931)年に瑞鳳殿と共に国宝に指定されましたが、昭和20(1945)年の戦災で本殿も焼失しました。現在の霊屋は瑞鳳殿に続いて再建が進められ、昭和60(1985)年に完成したものになります。
7月中旬に来訪紫陽花が綺麗でした。
参拝には瑞鳳殿の券が必要です。
2023年3月19日に訪問。瑞鳳殿は本殿修復中でビニールなどに覆われて全体が見えなかったので、こちらの感仙殿の美しさを堪能しました。事前に計画していかなかったので、瑞鳳殿だけみて一旦入口まで戻ってしまいました。瑞鳳殿から先に進んでいくと感仙殿や善応殿になります。
| 名前 |
感仙殿 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
022-262-6250 |
| HP | |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
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瑞鳳殿だけだと思ったら他にも見どころがあったの知りませんでした…得した気分!