多国籍の歴史と味、長崎の魅力。
坂本国際墓地の特徴
様々な文化が交差する、国際的な墓地です。
グラバー家や永井博士の霊廟が並ぶ歴史的な場所。
ユダヤ人を含む多国籍の墓石が見られる独特の景観。
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グラバー家、永井博士、ユダヤ人他にも多国籍の国際墓地。
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| 名前 |
坂本国際墓地 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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1880年代中頃、イギリス人のジェームズ・ウィリアムズさんは長崎で『Land We Live In Restaurant』という飲食店を経営していた。彼は日本人女性と出会い結婚し、二人は女の子を授かった。名前はリタ、日本名は吉田ツタ。リタは長崎ですくすくと育ち、日本人と外国人が共に寄宿したフランス系の女子修道院(現在の長崎信愛幼稚園の前身と思われる)で初等教育を受けた。しかし、明治31(1898)5月、16歳で亡くなってしまい坂本国際墓地に葬られた。墓石には『幼な子らをわたしのところに来るままにしておきなさい、止めてはならない。神の国はこのような者の国である』とイエスが語った新約聖書の「ルカの福音書18章16節」が刻まれている。それは、もう愛するリタの遊ぶ姿を見る事は出来ないが、もっと良い所(イエスのそば)で遊んでいるのだと自らに言い聞かせ、悲しみを断ち切りたかったのだと思う。そして夫婦は、リタが遊びに困らぬよう墓石に鞠と羽子板を刻んでいる。我が子を想う親の気持ちは、古今東西変わることはない。娘を亡くした悲しみの大きさと、愛情の深さを時間を超えて強烈に感じる墓石である。子を持つ親の一人として、考えてしまうお墓がここにはあった。