百梅園の梅が織り成す心安らぐ空間。
百梅園の特徴
日当たりが良く、お昼ご飯を楽しむのに最適な場所です。
石神山に続く山の斜面に美しい梅の花が咲き誇ります。
梅園内は段状に多様な種類の梅が植えられています。
見頃は2月下旬です。駐車場は狭いので、ちょっと上にある石神山公園駐車場をご利用ください。
梅祭りがあるみたいですが、2月20日に見に行きました。駐車場は6台しか止められません。時期的には散ってる花もあれば、つぼみもあるって感じでした。紅梅は小粒ですが、ピンクは花がわりと大きめです。撮影者が数人いらっしゃいました。トイレはあります。
季節外れの9月に寄ってみた場所によっては梅にはカズラが巻き付いていた開花時期には、あんなに綺麗になるのに夏は 草とカズラが伸びるので管理は大変なんだろうなぁ、トイレは、綺麗に掃除管理されている。
のどかな住宅街にある公園です。梅園とのことで入場料が必要なのかと思ったらごく普通の無料の公園でした。でも、とてもキレイに管理されていて過ごしやすいです。駐車場が数台分あり、トイレもあります。
日当たりが良くてお昼ご飯を食べるのにちょうど良いところです。駐車場は5台分ほど。舗装されていますが、すれ違えない狭い道と急な上り坂の上に駐車場があるので運転に自信のない人は徒歩で来た方が良いです。トイレあります。
百梅園公園細川藩士で学者・詩人・最初の帰農者として名を知られる"兼坂止水"が私塾を開いた処で、梅を好み、多くの梅を植え、百梅園と名付けた。兼坂止水(ケンサカシスイ/1833~1901)…維新後藩士中で最初に家禄を奉還し農事につく。兼坂塾での徳富蘇峰の師でもある。島崎町の石神山の東側の山裾。都市バスの荒尾橋行の道沿いから、標識(右側に有る)にしたがって左折して狭い道を登り、金峰山湧水群の一つ長命水の前を通って、坂を登ると100㍍位で、百梅園の入口が見える。ご丁寧に両側に標識が立っていて、石畳の狭い道だが、車通行可で5台位の🅿が有り、前に🚻も有る。上の石神山公園の広い🅿からも近く、段々の公園の最上部に有る唯一の東屋は、寧ろ石神山公園🅿の方が下るだけなので近く感じる。ただしどちらの🅿も夕方5時に閉まる。徒歩で来ると、長命水の右脇から極狭い急登の坂の近道がある。最寄りのバス停は三軒屋。書き込みはnetなどからの引用です。間違いの可能性も有ります。参考程度にお願いします。
梅の花がきれいでのんびりした場所です(*^^*)シーズン中は駐車場が大変💦ほんとはもう少し停めれるはずだけど線をまたいだり、後ろにしっかり下がって停めてもらえたらいいのになぁと僕の時はハードモードでした😂
2022/02/14開花状況は園内の1/3程です山の斜面を切り開いた梅園です。わかりにくいですが石畳の急な坂を車で登ることができ、駐車場は6台分ほどあります。園内は段々畑のように4段ほどに分かれており、それぞれの段に梅が植えてあります。全体的に日当たりがよく、芝生が植えてありますのでピクニックにも良いと思います。駐車場にのぼる坂はかなり急ですれ違いが難しいので、同行者がいる場合は駐車場の空きも含めて先に見てもらうといいでしょう。運転に自信がない方は近くの叢桂園わきの駐車場を利用することもできますが、そちらも道が細めです。
3/6に訪問しました。石神山公園の駐車場から下ってすぐでした。梅が散る前に行くことができました。いい香りの中写真を撮っておられる方が多く見受けられました。メジロが何匹かおり、可愛かったです。
| 名前 |
百梅園 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
070-7589-7032 |
| 営業時間 |
[水木金土日月火] 24時間営業 |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
|
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百梅園は、上熊本駅の南西2.6kmほどの熊本市西区島崎にある梅園です。入り口から石畳の急な坂道を登ると6台のみの小さな駐車場があります。この地は、肥後熊本藩7代藩主・細川重賢の時代の漢詩人『米田波門』が『避竹園』もしくは『四時園』と称して生涯をおくった場所であり、肥後熊本藩士で学者・詩人・藩士中第一号の帰農者としても有名な兼坂止水が私塾を開いた場所です。兼坂が梅を好み、多くの梅の木を植えたことから、「百梅園(ひゃくばいえん)」と名付けられました。兼坂止水(かねさか しすい:1833〜1901年)は、幕末から明治時代にかけて活躍した漢学者・教育家で、熊本洋学校の幹部を務めました。思想家の徳富蘇峰らにも大きな影響を与えた地元の先哲です。高低差がある園内は、色んな角度から梅の花を楽しむ事が出来ます。梅の花の種類も多く、時期をずらして色々な梅を楽しむことが出来ます。園内にある約百本の梅の花と、石垣や石畳が並ぶ様子は風情たっぷりで、まるで城跡のようです。平成28年(2016年)の熊本地震で大きな被害を受け、地震の揺れや地盤の亀裂により、一部の梅の木が倒れたり、根を痛めたりしました。梅の木が斜面に植えられているため、地盤沈下や土砂崩れなどで園内の通路や石垣にも影響が出ました。令和8年(2026年)現在、地域住民やボランティアの手によって復興・整備が進められています。梅園のある「島崎(しまさき)」という地名は、かつてあった肥後熊本藩の飽田郡(あきたぐん)島崎村に由来します。明治22年(1889年)島崎村・宮内村が合併して、島崎村が発足しました。明治29年(1896年)飽託郡(ほうたぐん)島崎村となりました。大正10年(1921年)島崎村・黒髪村・池田村・花園村・横手村・古町村・本庄村・大江村・本山村・春竹村・春日町が熊本市に編入しました。