政宗公初陣の地へ。
伊達政宗 初陣の地(南側案内板)の特徴
天正9年4月に伊達政宗が初陣を飾った歴史的な場所です。
隣接する戦国大名・相馬氏との合戦の舞台になっています。
宮城県伊具郡丸森町金山に位置し歴史ファンに人気です。
丸森の113号線を走っていると見えるのがこの看板。駐車場もなく、少し離れたところに車を止めて見に行って見たが、この看板以外は何も無い。このためだけに行く必要はないと思います。宮城観光でゆっくり歴史巡りをするなら白石城に行ったついでに丸森に行って栄泉堂のバター最中を買って、丸森カフェ(大内)のフルーツサンドを買いに行く途中に看板を見るくらいで良いと思います。あぶくま荘とか不動尊キャンプのついででも近いから良いですね。
天正9年(1581年)4月、隣接する戦国大名・相馬氏との合戦で初陣を飾る。
政宗公初陣の地。梁川八幡神社から来たので感慨深いです。
1581年5月上旬、伊達領亘理に進軍してきた相馬義胤に対し伊達輝宗に従い政宗が初陣した。
| 名前 |
伊達政宗 初陣の地(南側案内板) |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
3.2 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
周辺のオススメ
宮城県丸森町(小斎・金山地区周辺)にある『伊達政宗初陣の地』は歴史的な記録や地域の伝承に基づいた、伊達政宗が実際に初めて合戦に臨んだ『初陣を果たした』場所とされています。史実としての背景⦿時期:天正9年(1581年)伊達政宗が15歳の時。⦿相手:当時、伊達氏と領地争いを繰り広げていた相馬氏。⦿場所:丸森町小斎にある矢ノ目館(やのめだて)周辺に陣を敷いたと伝えられています。⦿初陣の時の詳しい様子:出陣の状況当時丸森町一帯は相馬氏の勢力下にありました。伊達政宗の父・伊達輝宗はかつて相馬氏に奪われた伊具郡(丸森町周辺)の領地を取り戻すため、息子の政宗に初陣を飾らせる形で大軍を送り込みました。政宗は矢ノ目館に陣を構え、相馬勢と対峙しました。⦿膠着状態と裏切り劇戦いはしばらく一進一退の攻防が続きながら、勝負決まらない膠着状態に陥りました。しかし、戦局を大きく動かす出来事が起きます。相馬氏方についていた小斎城主の佐藤家が途中から伊達氏側に寝返ったのです。⦿初陣の結果有力な味方の寝返りにより、伊達軍が圧倒的に有利となり、この初陣をきっかけにしてのちに相馬氏ととの間で和議が結ばれました。最終的に丸森や金山といった地域は伊達氏の領地へと組み込まれることになり、若き日の政宗にとって記念すべき初勝利と領土拡大の第一歩となりました。