歴史感じる擬洋風校舎。
尾県郷土資料館の特徴
明治時代に造られた擬洋風建築がそのまま残る、歴史ある綺麗な建物です。
TVドラマにじいろカルテのロケ地としても知られ、訪れる価値があります。
館長さんが詳しく解説してくれ、親切に色々なお話が聞けるのが魅力です。
都留市観光パンフレットのつるさんぽの表紙写真にもなっており、以前から気になり訪れてみました。入館料は無料で、ガイドさんに丁寧に案内していただきました。宮大工が工夫を凝らして作った校舎は魅力があり、江戸、明治、大正の学校の歴史を知ることができました。過去にはドラマのロケ地にもなっていたとのことでした。毎年10月の第二土曜日にピアノの演奏会があるとのことでした。
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明治11(1878)年に開校した藤村式建築と呼ばれる小学校ですでに廃校となっていた校舎の復元工事が昭和48(1973)年に行われ、その後は郷土資料館として開館しました。 昭和50(1975)年には山梨県の文化財に指定されており、館内には、明治時代の教員室、教室、裁縫室が復元されているほか、明治から昭和までの教育、民俗に関する貴重な資料約2000点が展示されています。管理人の方に丁寧に説明を受けて見学出来ました。無料なので近くに来た方は是非見学する事をお薦めします。
明治5年に学制がスタートした際,どうせなら疑似洋風建築にするかとなり,村民の資金で建った。昭和48年の復元。明治初期に絹織物で比較的富裕な村であったが故に可能であったが,皮肉にも機織りに従事した女児は資金源であったがためにあまり通えず,男児の就学率向上に貢献することになった。中は非常に雑多な,明治から昭和後期までの教科書・教材・子供の遊び道具・村の資料・縁のあった根津嘉一郎が寄贈したピアノ等が展示されている博物館になっている。五榜の掲示の高札なんてものも。
館長さんらしき人が色々と詳しく話してくださります。かつての日本人の勤勉、精神性の高さが感じられます。隣接の神社に車を停めてお参りも、させて頂きました。 着物の生地でしっかりと縫われている手提げを500円で購入。使い勝手が良く気に入ってます。
渋い展示です。ここの外のあづま屋で遅い昼飯。e-bikeで多摩市の方からほぼノンストップで走って来たので、かなり消耗していました。2023/5/18再度、高川山に登る前にあづま屋で昼飯。まさか、2回もここに来るとは思わなかった。2023/7/31
歴史のある綺麗な建物出した。当時の学校の成り立ちについて学芸員の方が説明してくれました。
道の駅つる から徒歩で700m車だと3分で行けます。駐車場は隣の稲村神社の境内に約8台位停められます。明治11年(1878)に開校し、146年もの年月が経ちますが開校当時の姿が残っています。館内は撮影禁止🚫です。入り口で声をかけると館長さんが案内してくれます、話上手で凄い対応をしてくれました。昭和16年に廃校となり後に集会所として使用されていましたが、昭和48年に修復後、資料館に生まれ変わり昭和50年には山梨県の有形文化財に成っています。これだけの資料館が無料で見られ色々なドラマなどで使用されています。
他に来館者がいなかったおかげでとても親切丁寧に解説いただきました。お茶までいただきどうもありがとうございました。
| 名前 |
尾県郷土資料館 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0554-45-0675 |
| 営業時間 |
[火木土日] 10:00~16:00 |
| HP |
https://www.city.tsuru.yamanashi.jp/shigai/kankojoho/dento_bunka/8895.html |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
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どうしてこんな所に。こんな立派な洋館が。明治10年と言う事を考えれば、それは驚きです。失礼だが、いわば寒村の分教場。しかも東京からは遠く離れた、明治維新 間もない頃のことです。調べてみましたら、実に東京大学と同じ年の設立。(1877年)明治の人間の教育に対する並々ならぬ情熱が感じられます。日本の礎がこんな所にも。貴重です。中に入ると、また懐かしいこと。教室には2人で座る机。隣同士よく小競合いをした。友達の歓声が聞こえて来そうです。ともすると、高峰秀子の大石先生がすっと立って居そう。先の大戦で、同じ様な物語が此処、尾県学校にもさぞあったに違いありません。リニア見学場からも近く是非立寄られてみては如何でしょうか。