静寂の中の香淳皇后陵。
香淳皇后武蔵野東陵の特徴
香淳皇后が眠る神聖な陵墓で、日本人にとって特別な場所です。
参道からの厳粛な雰囲気が、訪れる人々を迎え入れます。
開けた雰囲気の中で、武蔵野陵へ向かう途中に位置しています。
激動の時代を生きられていたので、安らかにお眠りください。
武藏野東陵(むさしののひがしのみささぎ)は香淳皇后の陵。香淳皇后は2000年(平成12年)6月16日に崩御し、7月25日に斂葬の儀が行われ、埋葬された。陵の造営は、2000年(平成12年)9月25日に起工され、翌2001年(平成13年)6月15日に竣工し、陵域の面積は1800平方メートルあり、生前に愛好した桃、バラなど約40種ほどの草木が植栽されている。陵の形態は上部3段・下部3段の上円下方墳で、高さ6.25メートルで、陵の構成は昭和天皇陵とほぼ同じである。陵名の由来として、昭和天皇陵のほぼ東に位置するため「武藏野東陵」と命名された。石槨に納める陵誌は常陸宮正仁親王の染筆。毎年6月16日に陵および皇居宮中三殿で香淳皇后例祭が行われている。当日には陵所に幔幕が巡らされ、皇族拝所に仮屋が設置されて祭祀が行われる。ウィキペディアより御陵印を頂きに参拝しに来ました。綺麗に整備されていて、また警備のお巡りさんや事務所の方々の対応も素晴らしかったです。
石垣が粗めな陵墓です。形状は上円下方だそうですが、拝所からお墓を見上げる形になるので、下方の部分が確認できないです。しかし綺麗に整備されています。香淳皇后は2000年6月に崩御されたので、現時点で豊島岡墓地に埋葬された方を除くと1番新しい陵墓のはずです。
開けた雰囲気がありました。
とてもキレイ場所です。陵の前の開けたスペースでは夫婦の陵が一度に見える場所が有ります。
武蔵野陵を参考にしてください。
香淳皇后 昭和天皇皇后ご生誕 1903年3月6日ご逝去 2000年6月16日 (享年97歳)皇子・皇女長女 成子内親王(しげこ) 1925~1961次女 祐子内親王(さちこ) 1927~1928三女 和子内親王(かずこ) 1929~1989四女 厚子内親王(あつこ) 1931.3.7~長男 明仁(あきひと)上皇陛下 1933.12.23~次男 常陸宮正仁殿下(ひたちのみや まさひと) 1935.11.28~五女 貴子内親王(たかこ)1939.3.2~
昭和天皇の妃で、天皇陛下のご祖母様であります、香淳皇后が眠る陵墓であります、これからも天国から、私達国民一同を見守っていると、思います。
日本人としては特別な場所です。
| 名前 |
香淳皇后武蔵野東陵 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
042-661-0023 |
| 営業時間 |
[水木金土日月火] 9:00~16:00 |
| 評価 |
4.7 |
| 住所 |
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陵名 武蔵野東陵(むさしののひがしのみささぎ)陵形 上円下方追号 香淳皇后(こうじゅん・1903年~1951年)御名 良子(ながこ)表参道入口の陵墓参拝のご案内板より抜粋しました。