中津城下町の蛎瀬口、静かなひと時。
中津城 蛎瀬口の特徴
大塚口から南に行くと、突き当りに位置する史跡です。
人通りが少なく、落ち着けるアクセスの良い場所です。
蛎瀬口は歴史を感じる静かなひとときを提供しています。
【2025年7月19日☀️】人通り少ないです!中津は静かな町です。
大塚口から南に行った突き当りにあります。こちらも堀の跡と思われる水路がありました。
| 名前 |
中津城 蛎瀬口 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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蛎瀬口(かきぜぐち)は、中津城下町を取り囲んでいた外郭防衛線「惣構(そうがまえ)」の東〜北東部に設けられた主要な出入り口(城戸口)の一つです。位置と歴史的背景東部・沿岸エリアへの交通拠点: 城下町から蛎瀬(かきぜ)地区や山国川河口付近、周防灘沿岸の集落へと通じる交通の要衝に配置されていました。城下主要口(口屋)の一角: 中津藩が城下の治安・流通を管理するために置いた主要な城戸口(小倉口、広津口、金谷口、島田口、大塚口、蛎瀬口)の一つとして機能していました。役割と警備体制見附番所(口屋)による検問: 門の傍らには見附番所が置かれ、常駐する番人(番士・下士・鉄砲足軽など)が通行人の身元確認や荷物の検問を行っていました。夜間の治安維持: 暮六ツ(日没時)になると木戸が閉ざされ、深夜の許可なき出入りを制限して城下の防犯を徹底していました。構造と防衛の特徴惣構(土居・堀)との連動: 城下町を囲む土塁(お囲い)や堀のラインに組み込まれており、東側・沿岸部からの外敵の侵入を食い止める第一線の防衛拠点でした。屈曲(クランク)構造: 敵が一気に突入するのを防ぎ、かつ城内を見通させないよう、門の前後の通路に直角の折れ曲がりが施されていました。現在の様子木造の門や番所自体は現存していませんが、旧街道沿いに史跡案内板などが整備されており、周囲の屈曲した道路ラインや地形に当時の惣構の面影を留めています。