珍しい仏様と癒やしの庭。
金比羅山明観寺(真言宗御室派)の特徴
九州八十八か所巡礼の第十一番札所として信仰を集めています。
高王白衣観世音菩薩をお祀りする独特な仏様が魅力です。
住宅街の坂を登った先に、心癒される美しい庭があります。
九州八十八所百八霊場 十一番札所 真言宗御室派。
近くにあったので、寄ってみました。こじんまりとしていますが、枯山水を見ることができます。地域猫が多いところのようなので、少し崩れているところは、ご愛嬌ですね。
住職の方とても良い人人柄も優しいまたいです。
九州八十八か所百八霊場12番札所です。駐車場は軽自動車用のがあるそうですが見つからず、お寺の前に停めさせていただきました。小高い住宅地の上にあるコンパクトなお寺です。お寺の入り口は北側ではなく南側です。Googleマップに北側に連れていかれそうになりましたが案内看板のおかげで助かりました。セルフで御朱印が押せるようちゃんと用意してありました。
住宅街の坂を登って行くとたどり着きます。枯山水の庭はとても綺麗で落ち着きます。インターホンを押してお参りさせて頂きました。御朱印も頂くことが出来ました。
金比羅山 明観寺(みょうかんじ)は、新飯塚駅の南西1.9kmほどの飯塚市西町の住宅街の中に伽藍を構える真言宗御室派の寺院です。大正14年(1925年)高野山嘉穂支部として創建されました。昭和5年(1930年)熊本県山鹿市にあった明観寺の寺号を移し、玄洋社の社主である頭山満の祈願寺となりました。九州八十八ヶ所百八霊場の第十一番札所です。開山以来、針灸治療所の「杏林堂」として知られており、この辺りでは明観寺の寺号よりも、杏林堂の方が通りが良いとのことです。庫裡と棟続きに診療室があります。境内は小規模ながら立派な石庭となっています。本堂の本尊は変わっており、『高王白衣観音(こうおうびゃくえかんのん)』といいます。岩座の上に蓮台を乗せ、その上に座しています。頭から白い衣を着る、いわゆる白衣観音です。中国風の容姿をしています。高王とは魏の国の王という意です。脇侍として二人の童子を従えていますが、これも変わっています。二人とも立像で、赤い腹巻を付けています。向かって右の童子は両手で蓮花を持ち、左の童子は合掌しています。他にあまり例を見ない、不思議な三尊形式の本尊です。真言宗御室派は、真言宗の事相の流派「広沢流」の本拠として発展し、仁和寺門跡に2世性信入道親王(大御室)が就任されて以降、江戸時代末期まで門跡には法親王(皇族)を迎えました。1167年(仁安2年)5世覚性入道親王(紫金台寺御室)が綱所の印璽を下賜され、日本総法務に任ぜられると諸宗格山を支配し、日本仏教界に君臨しました。塔頭寺院・子院が60余を数えた時期もありました。なお紋所は、桜に引両です。中世に入ると、応仁の乱の戦火で、仁和寺が全焼したことが原因で衰退し、戦国期以降は足利氏・織田氏・豊臣氏が復興に努めましたが、本格的な再興には至りませんでした。江戸時代に入り、幕府による資金援助があり、現在地に堂塔の再建がなり、再興を果たしました。明治政府の宗教政策により、他の真言宗宗派と1879年(明治12年)に合同しましたが、1900年(明治33年)仁和寺を本山とする真言宗御室派として独立しました。京都の洛南高校は系列高校です。
九州八十八ヶ所巡礼 第十一番高王白衣観世音菩薩慈悲の目ににくしと思うものはなしとがあるものはあわれまします。
駐車場はありませんがスペースに停めて大丈夫でしたご親切に説明していただいたり珍しい絵や仏様を見せて頂きました綺麗なお庭に癒やされましたご納経は筆書きしていただけます。
第11番 九州88カ所百八霊場 第11番札所明観寺 山門がとても新しいです。手入れされた枯山水のお庭です。落ち着きます。
| 名前 |
金比羅山明観寺(真言宗御室派) |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
0948-22-6705 |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
|
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