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名前 |
黒川河川公園 |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
2.0 |
かつては香月線からの岩崎炭鉱の積出場があった。現在は、岩崎炭鉱の遺構はなく、当時の面影はまったく無いので想像のしようもない。江戸時代から明治初期は、前の黒川はかわひらた(石炭運搬用の舟。大型のもので10t、標準のもので7t、小型のもので5t程度の積載量があったという。)が乗り付けられて、石炭を運搬していたという。炭鉱そばの川は、洗炭や、炭鉱から出る「出水」の垂れ流しで真っ黒になり、「ぜんざい川」と呼ばれていた。おそらく「黒川」の由来も炭鉱によって黒く濁っていた為であろうことは想像にかたくない。明治41年になり中間~香月間の貨物支線が開通し、この黒川河川公園からは、引き続き鉄道を使って石炭を運搬していた。同地とその対岸が広いのは、かつての香月線の名残りと思われる。