鹿部山中腹、静寂の神社。
皇石宮の特徴
神功皇后ゆかりの由緒深い神社で、神聖な空気に包まれています。
高台に位置し、周囲の景色が一望できる素晴らしいロケーションです。
階段を上がると、綺麗にお手入れされたコンパクトな境内が広がります。
とても静かな落ち着きのある神社⛩️でした😊
由緒ある場所。
皇石神社の由来によれば次のとおりです。祭神は埴安神 古く享禄3(1530)年の神殿再建の棟札によれば大石大明神とよばれている 神体は平たく巨大な立石である神功皇后は「もし新羅を征する力があればこの大石を抱え起こして立てさせることができる」と うけひ をされたという 文政3(1820)年には社名も皇石に変わっている明治31年旧暦元旦 神殿後方の合わせ口甕より銅剣 銅戈が発見され 弥生時代の貴重な甕棺墓遺跡として 春日市岡本の遺跡とともに学界の注目するところとなった 昭和47年には社地西北麓に多量の祭祀土器が発見されて遺跡の重要性を増したいま 祭祀の由来を考えるに 遠く日本原始国家形成期における有力者の奥津城の祭祀に創まるものであり 神体石は支石墓とよばれる 当時の墓制であったとみられるなお 社地に接した鹿部山は もと三つの峰から成っていたが その両麓には数多の古墳群が散在し 中の峰の頂きからは 永久元(1113)年の銘など刻まれた鋳銅製の経筒が昭和46年に出土している即ち 鹿部山の頂上から麓に至る一帯は 遠く弥生時代から悠久二千年に亘り連綿として続いてきた聖域で 本社はその中心の槙の巨木群におおわれた森厳な霊地に 永遠に鎮まります神体石を崇敬のまととして斎き祀られてきた真に由緒のある宮ところであるなお、御神体は外からはわかりませんでした。本殿の中か?よくわからないのは、そんな説話があるのに、なぜ埴安神(土の神)と並んで神功皇后が祭神となっていないのか、です。特に皇石神社となった時点ではそうするのが自然では。なにか理由がありそうな…令和6年11月17日にいったところ、真新しい石柱が建っていました。
神功皇后ゆかりの神社⛩️高台のししぶ公園内にあり、周囲をよく見渡すことができます。陣を張るには良い立地ですね😀
目立たないけど、凄く神聖な空気に満ちている神社です。宮地嶽神社の帰りにたまたま見つけて寄ってみましたが、私はこちらの方がずっと好きです。上まで登ると海まで見渡せる絶景です。
鹿部山公園と繋がっていました。
駐車場はなく公園の駐車場から歩くか道路沿いの鳥居のスペースに停めてお詣りに行きました階段の上にはコンパクトですが綺麗にお手入れされた境内があります無人の神社さんです。
空気が澄んでいて気持ちの良くなる神社です。
| 名前 |
皇石宮 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
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鹿部(ししぶ)山の中腹にある無人の神社、幾つかの神社が合祀されています。近くにある公園に広い無料駐車場があります。公園とセットでお散歩出来ます。