立川氏館跡で静寂なひととき。
立川氏館跡の特徴
立川家住宅跡は静かでいいところです。
歴史的な背景を持つお寺が跡地にあります。
武蔵七党 西党の立河宗恒が築城した場所です。
跡地には、素敵なお寺がありました!境内はきれいに管理されていました♬
2019/2/3武蔵七党の日奉氏の支族立川氏の館跡。現在は立派な寺院であるが、大きな土塁が今も遺っている。
鎌倉幕府御家人の立川氏の館の伝承地で都指定史跡となっています。残堀川の河岸段丘上で要害の地、現在は普済寺の境内となっています。寺内には土塁、堀跡が残っています。河川を堀として使い防御を固めた縄張は見事です。
東京都下は立川市に有ります「立川氏館跡」(立河氏館跡)です。「普済寺」という古刹の中に説明書きの看板が有ります。都指定の史跡となっています。因みに遺構は何も無く…歴史オタク向けの、頭の中での往時想像系の史跡となっています。立川氏(立河氏)は平安時代〜戦国時代末期まで、この地を治めた(支配した)在地豪族です。立川氏の出自は「武蔵七党」という武士団の中の「西党」に属する一族です。本姓は正確な所は分かりませんが…藤原氏と称しています。家祖の日奉宗頼(ひまつりむねより)という武将の父が藤原道頼あるいは藤原宗頼とされています。(ただし仮冒の可能性も有りとの事)鎌倉時代は勿論、鎌倉幕府率いる源頼朝の御家人で、一族には源平合戦の「一ノ谷の戦い」で有名な平山季重という猛将も居ます。因みに、今有る普済寺は1353年の南北朝時代の創建だそうです。立河宗恒が開基で創建されました。普済寺は元々は別の場所に有り、この場所には立川氏の居館が有りました。そして立川氏が衰退後にこの場所に移されたと見られています。流石は長らくこの地を支配した古代•中世豪族ですね。そこはかとなく上品さを感じます。そして今尚地域で敬われているのが伺えます。寺の入口にはどデカい灯籠(8mぐらい?)が有り目印になります。入口の横には広い寺の駐車場が有りましたよ。参考まで。近いので是非にブラリと訪れてみて下さい。シンプルで薄味ですが、歴史有る古刹であり史跡ですね。
城跡巡りで『立川氏館跡』を訪れました😄城跡は現在普済寺となっていて、入口に説明板と山門横に土塁が見られます🤓
歩道?参道って言うのでしょうか?🐉や模様が素晴らしかったです。見落とす所でした。 🤭御朱印も有ります。
お寺は立派だが、史跡となると…
普済寺の敷地内に案内板が建っています。敷地も広いうえに、裏手にはお墓も多く、檀家さんもたくさんいるんだなと。西側は段丘崖で山門脇には東西にわたる土塁があったとのこと。
静かないいところです。
| 名前 |
立川氏館跡 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
042-525-0860 |
| 営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
3.7 |
| 住所 |
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ここ立川氏館跡は、立川宮内少輔宗桓により創建され、武蔵7党西党日奉氏の支族で、立川氏館らしいです。南北朝から戦国時代まであったらしいです。こんなとこにあるとは思いませんでした🤣😆また、歴史が学べました👍