黒崎宿の長崎街道探訪。
長崎街道 黒崎宿 モニュメントの特徴
宿場町の歴史を感じる、魅力的なスポットがあります。
黒崎商店街のはずれに位置する、落ち着いた小さな空間です。
長崎街道の案内板が立っており、歴史が息づいています。
かつて宿場町として賑わってたところにこういうスペースがあるのはなんか良いもんですよね😃
黒崎の商店街のはずれ、ポケットパークのような小さなスペースに長崎街道の案内板が立っています。長崎街道はここからくまで商店街を通り、曲里の松並木へと続いています。長崎街道の案内は他にも商店街の中などいろんなところにあります。
| 名前 |
長崎街道 黒崎宿 モニュメント |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
〒806-0022 福岡県北九州市八幡西区藤田2丁目5−13 鶏料理お福 |
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長崎街道 黒崎宿 モニュメントは、JR黒崎駅の南東550ほどの北九州市八幡西区藤田に建立されています。江戸時代には五街道(東海道・中山道・日光街道・奥州街道・甲州街道)と各地へ向かう主要な脇街道として十街道が次々と開通しました。九州で唯一の脇街道である「長崎街道」は、小倉北区の常盤橋を起点とし、長崎までを結ぶ57里(約228km)の街道でした。25カ所の宿場があり、福岡藩内の黒崎、木屋瀬、飯塚・内野・山家・原田の各宿は『筑前六宿』と呼ばれ、大変なにぎわいをみせました。黒崎宿は、長崎街道の東端に位置し、福岡藩と小倉藩の境界にありました。江戸時代に筑前福岡藩では唯一、上方への渡海船が発着する港を持つ宿場町でした。九州の喉元にあるため、対馬と五島を除く九州西半の大名や多くの旅人がこの宿場を利用しました。江戸時代後期には陣(御茶屋)、脇本陣(町茶屋)、人馬継所、関番所、制札場、郡家、代官所などが整備されていました。このほか、非常事態に備えて、御立退所(火災時の避難所)や御除道(伝染病の発生時に宿内を迂回する道)が設けられていました。現在は、黒崎宿から木屋瀬宿へ向かう当時の街道を偲ばせる松並木などがあります。『曲里の松並木(北九州市指定史跡)』とは...昭和20年(1945年)までは、黒崎から木屋瀬にかけて長崎街道にも多くの松が残されていました。昭和30年代には街道松は57本あったそうですが、枯れたり倒れたりして現在では当時の松は2本を残すのみとなっています。また、平成11年(1999年)の台風で倒れ、枯死した松は樹齢推定143年で、その根株は江戸から平成までの5つの時代を生き抜いた松として保存されています。