大口城での静かな桜散策。
大口城跡の特徴
運動会の帰りに気軽に立ち寄れる歴史的なスポットです。
大口城は戦国時代の人吉領相良家ゆかりの城跡です。
展望台への道はやや草が生い茂っているため、事前の調査が必須です。
別名、牛山城・牟田口城。牛屎氏(ねばり)の所領で保元の乱の軍功により牛屎院と祁答院を与えられ、平保元3年(1158)薩摩守信基の4男、薩摩四郎元衡が下向し大口城(牛山城)を治所とした。その後、菱刈氏持ち城であったが永禄12年(1569)島津氏に敗れ、大口城は島津の外城となった。大口城攻めで活躍した新納忠元は大口の地頭を務めた。2022訪城ですが大口小門前に御仮屋跡、大口城の木柱があり、雑草を山手に上がると大手口、本丸、展望台などありました。
戦国時代 人吉領相良家の大口城。上泉伊勢守信綱から新陰流の印可を受けた丸目蔵人佐が相良家から足軽大将として大口城を任された。しかし薩摩藩島津家の策略によって落城した。これにより丸目は再び廻国修行の旅に出る。
【細川忠興、島津家、蒲生氏郷、秀吉九州攻め、新納氏に関連あり】書籍細川三代より、堅固な城で、補給線が伸びて、兵糧が不足し、忠興も1日一夜食事せずに凌いだ。という島津家の家老ではあるが、島津家の方針(軍門に下る)にはそぐわなかったのか、島津がなん度も解いてやっと開城へ。
付近に案内板が無いので、予めネットで調べておかないと登城口を探すのに苦労します。
小学校の方からではなく、神社の方から登りました。
💮💮💮桜がきれいです。来てね。
| 名前 |
大口城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
3.2 |
| 住所 |
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2025、10、26(日)運動会に行った際にたまたま振り返ったら目にとまりました👀ここにお城があったんやあと思いながらちょい探索しました🚶上った所に展望台が有ると聞き❗️行こうと思いましたが草の生え方やばし😲しかもニュースで蜂に集団で刺されたと観たばかりだったので断念しました😞💨自宅に帰って🚌大口城について調べました🏯