歴史の足跡、加久藤城跡。
加久藤城跡の特徴
北原氏の居城として、1562年に滅びた背景が興味深いです。
島津義弘が義弘夫人を住まわせた歴史的な城跡です。
加久藤城跡は木崎原合戦の舞台で、歴史の深さを感じられます。
薩摩島津氏と日向伊東氏が争った木崎原の合戦の前哨戦の舞台となった城跡です。伊東軍が加久藤城を襲撃したことから木崎原の合戦へと発展します。ここから東に4キロほどの場所に島津軍を率いた島津義弘の居城・飯野城がありますが、加久藤城襲撃の知らせを聞き島津軍は出陣します。現在は人の手が全く入っておらず、案内板もあまりなく道が狭いので正直、観光には向いていません。雑草が生い茂った道を徒歩で進んでみましたが、途中イノシシらしき獣を見かけたので進むのを断念しました…。
| 名前 |
加久藤城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[日月火水木金土] 24時間営業 |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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加久藤城(宮崎県えびの市小田)北原氏の居城で永禄5年(1562)滅びた後、永禄7年に島津義弘が飯野城入城後、義弘夫人を住まわせた。元亀元年(1572)伊東勢の攻撃を受けたが義弘は木崎原の戦いで伊東勢を討ち破る。南郷若狭守が城主となり元和5年(1615)廃城。城域南側の大手門から入城。加久藤城は本丸、二の丸からなり本丸には竈門神社がある。加久藤城の東側には中城、新城があるが途中で引き返した。2021年訪城。