加藤神社近くの自然感あふれる公園。
石塘史跡公園(いしどもしせきこうえん)の特徴
丹津橋や加藤神社が隣接し、歴史を感じられます。
加藤清正公を奉る加藤神社近くに位置しています。
石塘の歴史や往時の菊池川を体感できる場所です。
道路向かいも含めて加藤神社を囲うようにあって、神社巡りをしていた私のいい休憩スポットになりました😂観ているうちに意外にも川辺を上手く使った遊歩道になっていて、橋・柵なども木で出来ているように造られていて自然感があり、素晴らしい公園でした🎵🎵
手前には尾田川第一排水機場、まぶがあり、丹津橋、加藤神社があります。駐車場、トイレあります。
加藤清正公は奉る小さい神社。
加藤神社さんの隣にあります。水門の上は老朽化のため立ち入り禁止で入れなくなっていました。対岸から全体が見られます。
あわせて本田大明神も訪れたい。
塘は音読みで"とう"。訓読みで"つつみ"で.呉音:"ドウ(ダゥ)"。漢音:"トゥ(タゥ)"と解説してある。訓読みに"とも"を加えてある辞典も有る。"いしども"はどちらも訓読みで."いしとう"だとジュウバコ読みになる。熊本には"とも/ども"と読む地名は多く.県民は比較的に読み慣れている。余談だが原を"はる/ばる"と呼ぶ地名も多い。土木・築城の神様:加藤清正公が肥後の蕃主として入国直後から.水利土木や干拓事業に取り掛かった。菊池川がこの辺を通っていたが.流れを西側に変え.この地に潮受け堤防を築くことで.干拓拡大を見込むが.工事は難航…人柱を立てて慶長十年(1605年)工事完成。880町歩の新田を得られた。人柱として命を捧げた人と.工事で命を落とした人を弔う本田大明神は.此処から北西に500㍍位に有る。
加藤清正が苦労して作り上げた石塘(いしども)が見られます。人柱之碑もあります。
往時菊池川の主流は横島山と久島山間を流れていた。加藤清正は菊池川の水路変更と石塘築堤によって、数百町歩の耕地が出来ることに着眼し、天正十七年(1589年)工を起こし17年間の歳月を費やし、慶長10年(1605年)これを完成した。その間、横島久島間約400mの築堤は最も難工事で人柱と読経の加護によって築かれたと言い伝えられている。(以上、碑文より引用)ここの地がその築堤の人柱の跡地のようです。また、この時の読経の経文を埋めたとされる「経塚」が、すぐ南に位置する横島山の経塚公園にあります。
| 名前 |
石塘史跡公園(いしどもしせきこうえん) |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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