竹原の鎮海山を登ろう!
鎮海山城跡の特徴
アニメたまゆらの聖地として、多くのファンが訪れる場所です。
鎮海山城跡は村上水軍の歴史を感じられる貴重な史跡です。
竹原小学校側から登る道が、訪問者におすすめのアクセス方法です。
道の駅側のルートから登りました。登山口は、民家の脇の細い道なので、見つけるのが難しいと思います。ある程度人が歩いているおかげで、ルートはハッキリしていました。前日が雨の場合は、地面がぬかるんで滑りやすいのでスニーカーの方は気をつけてください。山頂からは、街や海を眺めることができます。色んな竹で作ったものが置かれており、地元の方が手入れしてくれているのを感じられます。
小学校高学年付近の息子2人と一緒に登ってきました。他の口コミを見ると別ルートから行かれる方が多いようですが、私たちは道の駅側から。今は山道はしっかり整備されていてとても歩きやすく、子どもたちも楽しそうに登っていました(置いていかれました)。頂上には小さな鐘があって、息子たちがついていました。ここに登った目的は、運動不足解消もあったのですが私自身能島村上の血を引いており、先祖ゆかりの場所に一度来てみたかったというのもあって。派手な遺構があるわけではないですが、北西に並ぶ五輪塔や本丸跡の石組みを見ながら、こういう歴史が地元に残っているんだなとしみじみしました。子どもたちはあまり興味なさそうでした。竹原に住んでいるなら一度は登っておいて損はないと思います。
Short but pleasant route
アニメたまゆらの聖地の一つですが、村上水軍の城の一つだったそうな。標高は93メートルなので手軽なハイキングにいいかと。
구글 네비보며 갔습니다. 산으로 올라가는 길목이 여기가 맞나 싶었는데 맞았음...대나무 숲이 보이면 길이 아닌것 같아도 올라가믄댐...
誰が管理しているかは分かりませんが、旗が時々変わってます。
鎮海山へは、竹原小学校側から登ることを勧めます。道の駅から、ハイキングコースがありますが、夏草が伸び切ったままほとんど手入れされておらず廃道状態。枯葉が堆積してとても滑ります。景色はとても良いです。
| 名前 |
鎮海山城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
0846-22-4331 |
| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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三島村上水軍の総大将、村上武吉・元吉父子が天正13年9月(1585)豊臣秀吉に能島を追われ、小早川隆景領の竹原へ移り、鎮海山城を築き拠点とする。天正15年(1587)筑前名島へ移動し、その後、豊前蓑島へ移る。文禄元年(1592)長州大津郡へ移動。慶長2年(1597)竹原鎮海山城に帰る。慶長5年(1600)関ヶ原の戦には、水軍を率いて伊予三津ヶ浜に出陣し、元吉は戦死、村上水軍は敗退して竹原へ逃れ帰る。慶長6年(1601)毛利氏の防長への移動に従って竹原を退去し、周防屋代島に移動するまでの約6年間の能島村上氏の拠点であった山城。城郭は、市街地に突き出た小丘上にあり、かつては深い湾に突き出た岬にあったと考えられる。郭は標高88.1mの本丸を中心に約10段ほど北西に一列に並び、南西に海に突き出るような形で郭が張り出している。郭はいずれも削平した痕跡程度で明確でない。本丸には、石組みが約3mx4.5mあり、以前そこに城山神社がまつられていたと伝えられている。