平和を願う慰霊碑のそばで。
広島市立高女原爆慰霊碑(市立高女慰霊碑)の特徴
平和大通りの南側、元安川近くにあります。
市女の慰霊碑として多くの犠牲者を悼む存在です。
映像では感じられない衝撃を実感できる場所です。
この慰霊碑は、原子爆弾の犠牲となった広島市立高等女学校の生徒と教職員676人の方達を慰霊する為に建立されました。この犠牲者の数は広島県内の学校で最多だったそうです。本来なら夢や希望に溢れた学校生活を送るはずだった女学生や、その女学生達を指導してそれぞれの未来へ旅立たせるはずだった先生達。それなのに戦争はその普通の学校生活を奪っただけでなく、罪の無いあまりに多くの生命を無慈悲に奪ったという事実に、とても胸が苦しくなります。慰霊碑に刻まれた彫刻は、原子爆弾で亡くなった女学生に、現在を生きる女学生が花の冠をプレゼントしている様に見えます。女学生が持つ箱(又はプレート)に刻まれた、アインシュタインの相対性理論"E=MC²"は、慰霊碑建立当時はアメリカの統治下だった為、原爆という文字が使用できなかった為だそうです。しかも、建立された時はアメリカ軍に見られない様に表と裏を逆にして建立したり、お寺に隠して守ったこともあったそうです。アメリカ統治下の厳しい状況でも、ここで多くの女学生と教職員が原子爆弾によって生命を奪われたことを決して忘れず、なんとかして後世に伝えるとともに、慰霊してあげたいという強い想いが伝わって来るような慰霊碑だと感じました。
この広島市立高等女学校は、今の広島市立舟入高等学校であります。
写真で見たことがあるのですが、実際に見た衝撃は皆さんにも感じてもらいたいです。
元安川にかかる平和大橋の西側・平和大通りの南側の橋のたもとにありました。広島市高等女学校の生徒・教職員676人と市内の学校で、最も多くの犠牲者を出したそうです。石碑の中央部に刻まれている「E\u003dMC2」 ”E(エネルギー)\u003d M(質量)x C(光速)の二乗” 相対性理論のこの公式、久しぶりに見ました。当時「原爆」の文字が使えなかった為だそうです。石碑の横には、まだ新しそうなものも含めて沢山の千羽鶴が掛けられていました。
一番多くの犠牲者を出した市女の慰霊碑です!
建物疎開作業に来ていた1、2年生541人、職員10人は、全員が亡くなりました。原爆の犠牲となった職員生徒の慰霊碑です中央の少女が抱えた箱にE=MC2と書いてあるのは連合軍の占領下、「原爆」という文字が使用できなかったためです。
| 名前 |
広島市立高女原爆慰霊碑(市立高女慰霊碑) |
|---|---|
| ジャンル |
/ / |
| 営業時間 |
[土日月火水木金] 24時間営業 |
| HP |
https://www.hiroshimapeacemedia.jp/abom/99abom/kiroku/ichijo/index.html |
| 評価 |
4.4 |
| 住所 |
|
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1945年(昭和20年)8月6日,於現址(舊村木町附近)進行建築拆除作業中的1、2年級學生(當時12、13歲)共541人,以及7位教職員全部罹難,連同其他動員地點的學生,共有676人因原子彈爆炸而喪生。這所學校是市內學校中犧牲人數最多的一所。這座慰靈碑於1948年(昭和23年),由廣島市女學校原爆遺族會在母校校園內建立,於第13次忌日(1957年,昭和32年)遷移至現址。碑中央少女手中所持的盒子上,刻有成為原子彈理論基礎的相對論原子能公式「E=MC²」。這象徵了在盟軍占領下,「原爆」一詞無法使用的當時情況。廣島市高等女學校於1948年(昭和23年)因學制改革結束27年的歷史,目前為廣島市立舟入高等學校。