秋ヶ瀬橋近く、ひっそり佇む神社。
下ノ氷川神社の特徴
志木朝霞方面に渡った秋ヶ瀬橋近くに佇む静かな神社です。
ひっそりとした雰囲気が魅力の、町外れの神社です。
初詣にも訪れる人が多い、とてもキレイなお社です。
先日、場所の確認に、行きました。
恵方参りで行って来ました。なんとか車を止めるところはあります。
不便なところにありますが、雰囲気の良い神社です(^o^)
荒川に架かっている秋ヶ瀬橋を志木朝霞方面に渡ってすぐの土手道からまもなくのところにひっそりと佇んでいるお社です。北に向いて建てられたご本堂は上ノ氷川神社と向かい合わせにするためとの由。小規模ながら落ち着いた雰囲気が感じられました。狛犬様がなかなかにチャーミングでいらっしゃいました。
あら素敵いい天気やね初詣。
雰囲気のある神社だ。上の氷川神社(宿氷川神社)から分祀された約700年前に、上の氷川神社の石臼の片方がこちらの社殿の下に埋められたという伝説があるそうだ。昭和初期の修繕の際に出土した伝説の石臼の片割れと思われる石の話も面白い。口伝なのか文章があるのかわからないが、識字率も低かったであろうこんな田舎でも、ある事実が700年近くの時間を超えて伝えられてきたことに驚きだ。550年前の修繕の記録もあるようだ。今は新河岸川から500mほど離れているが、明治初期に作られた迅速図を見ると当時は川沿いに位置していた。確かに旧河川を思わせる小川が目の前を流れ、近くには珍しい煉瓦作りの圦樋も二つあり、境内には水神宮が祭られている。でっかい力石も残されている。河川改修がされる100年前までは、この神社の真ん前を曲がりくねった新河岸川が流れ、船が行き来していたことが微かにだが感じられる場所だ。
神社としては中規模。目を引いたのは彼岸花の新芽。
町の外れの静かな場所です。駐車場スペースもあります。自然がたっぷりあり過ぎて、まむし注意の看板が!
とてもキレイでいごこちがいいです!楽しーーーー&田舎感半端ないー!笑笑。
| 名前 |
下ノ氷川神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| HP | |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
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【力石】展示4基境内の右側に固定展示されているのですぐにわかります。写真のように鳥居の左側にも丸い石が多数放置されており、本当はこれらも力石の可能性があります。便宜上、展示されている力石を①~④とします。①1858年 旧暦4月【刻印】玉遊石 安政五戌午卯月良辰 セハ人 當所若者中 清水權左ェ門 願主 荒井清治郎②1872年【刻印】荒遊 明治五壬申年 世話人 荒井清治郎 若者中 木下佐之助 榎本卯八郎 抜井惣次郎 木下開次郎 清水永四郎 細田惣之助 石原彌三郎 清水兵右衛門 石原彌次郎 石原新之助 細田源四郎 木下熊右衛門 清水瀧左衛門 清水傳治郎 細田佐之助※①と②には近隣では珍しく名前が付けられており、先人の美しい草書文字が刻まれています。特に②は少し消えかかっているため、当会で進めているフォトグラメトリという技法で、どちらも風化前にデジタル拓本を作成しました。ご鑑賞ください。③年代不明 刻印無し④年代不明 刻印無しここで①(玉遊石)と②(荒遊)に名を刻んでいる荒井清治郎氏は、志木市が誇るワールドエンターテイナーだったことをご存じでしょうか。この方は地元でも「力持ち」として有名で、片手ずつ米一俵(60kg)を持って年貢米を納めに行ったという逸話が残されています。そこで近隣の力自慢と一座を組織し、江戸や各地方、果ては中国でも力技の興行で大評判を得たそうです。さらに二度目の海外巡業が明治の初期だったといいますから、②(荒遊)は荒井清治郎氏を座長とする一座が、出国前に旅の無事を祈願し、ここで奉納演技を行ったと推測できます。しかし結局、荒井清治郎氏が帰ってくることはありませんでした。現在は深い木々に囲まれ、霊験あらたかな神社ですが、かつて荒井清治郎一座がここで行った演技の緊張感と息遣いが聞こえてくるようですね。※撮影していた時は気づかなかったのですが、②(荒遊)の一部の写真には着物の縞柄のようなものが写り込んでいました。これをレンズゴーストと虹フレアと言います。また縞の中央に顔のようなものが見える方がいらっしゃるかもしれませんが、それはシミュラクラ現象という錯覚です。全ては偶然の産物ですが重なると面白いものです。