散歩で出会う隠れ文化財。
旧高野家離座敷(長英隠れ家)の特徴
住宅街の中にひっそり佇む隠れ家的な場所です。
市内の文化財として歴史的な価値があります。
二十年以上前の農村の雰囲気が残っています。
吉村昭の[長英逃亡]。広大な敷地の中に建てられた離座敷に身を隠す長英と、温かくもてなす隆仙の姿がありました。
またいきたいなー。
住宅街の中にひっそりと佇んでいます。歴史ある建物です。
パンフレット等おいてあります。屋外からのみですが、自由に見学できます。
子供と散歩がてら訪れました。こじんまりとしていますが、歴史的価値、雰囲気があって悪くはないです。
市内の文化財です。地域の歴史的建物です。東浦和駅から路線バス利用で、30分位です。
二十年以上前は農村の草深い隠れ家的な雰囲気の場所だったが、周囲が宅地開発されてしまったため町屋の建物みたいになってしまった。高野長英の逃避行を小説で読んだが実に壮絶であった。なお、この家の高野家はたまたま高野長英と同じ苗字であって親戚ではないのだとか。
| 名前 |
旧高野家離座敷(長英隠れ家) |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
048-878-5025 |
| 営業時間 |
[土日] 9:00~16:30 |
| HP | |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
〒336-0923 埼玉県さいたま市緑区大間木3丁目30番地11 |
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オムライスを食べに出掛けて、偶然出会った史跡。高野長英。蘭学に「まさに」人生を賭けた男。杉田玄白やシーボルトに学び、渡辺崋山や藤田東湖らと交わり、国防の必要性を説いて幕府を批判したため蛮社の獄によって終身刑。しかし脱獄して彼を慕う人々の手によって匿われつつ、幕府の厳しい追求を逃れるために日本各地を転々とし、宇和島藩主伊達宗城公に密かに仕えたりもしつつ、顔を焼いて江戸に戻って妻子と共に暮らしたものの密告されて捕縛され、自刃した。遺体は打ち捨てられたため正式な墓は無い(諸説あり)。こちらは彼の門人である高野隆仙の離れ座敷で、ここにしばらく匿われたと伝わっています。住宅地に突然現れるのでちょっとびっくりするかも。さいたま市指定有形文化財となっており、非常に丁寧に保存されている印象。