苔生す石段、孝安天皇陵へ。
孝安天皇 玉手丘上陵の特徴
宮内庁によって管理されている貴重な史跡です。
苔の生えた石段を登ると、孝安天皇の壮麗な陵墓が待っています。
玉手丘上陵は奈良県御所市に位置する歴史的な天皇陵です。
満願寺さんにお墓参りに行き 皆で上がりましたが お寺側と玉手の村側から上れます 私は村側の方がいいです。が 手すりは ありません 子供達は ひょいひょい 私は 「ヨイショ 」🤣「どっこらしょ」🤫R61117
かなり厳かな雰囲気を持つ陵墓です。偶にある正面から参拝させてもらえないタイプの拝所ですが、高所にあるので景色は良かったです。また個人的にはここの参道がとてもお気に入りです。木漏れ日と木々、石畳が織り成す光景が本当に神秘的でした。星5レベルじゃないです。
苔の生えた石段を登ると孝安天皇玉手岡上陵(こうあんてんのうたまてのおかのえのみささぎ)がありました。拝所がちょっと斜めに造られていて、ちょっと変わった形です。景色が良く遠くに広がる農村と山々を眺める時間に心が癒されます。しかし、大正時代の写真では木によって景色は見れる感じではないように見受けられます。孝安天皇(前427〜前291)は、第6代天皇であり、欠史八代の天皇の内の1人に入ります。室秋津嶋宮(むろのあきつしまのみや)を建て、室の地名は今も奈良県にあります。さすが欠史八代、情報が少ない!孝安天皇は137歳(⁉︎)で崩御しました。
奈良県御所市玉手にある天皇陵です。石畳の階段を登ります。陵の前からは西に葛城山、金剛山が綺麗に見えます。手前にあるのは御所実業高校です。直ぐ下は浄土宗の仏教寺院満願寺です。ぐるっとひとまわりするのに丁度よい距離です。
孝安天皇 玉手丘上陵として宮内庁が管理しています。石畳の階段を登り切るとそこに拝所があります。御所の町が一望できて景色がとても綺麗です。
第6代 孝安天皇(こうあん) 宮内庁に陵墓に治定されており、古墳の詳細については不明です。満願寺の東側の鳥居から山に登る感じでアプローチしました。階段を登りきれば、孝安天皇社、金比羅宮があり、なかなか良い雰囲気です。孝安天皇社から北側の階段を下がり途中西側に登る道があり、その先に拝礼所があります。失礼かもですが、孝昭天皇陵より、厳かな雰囲気はありました。
「畝傍の道」巻一の五の五 御所市大字玉手孝安天皇 玉手丘上陵(こうあんてんのう たまてのおかえのみささぎ)孝安天皇は即位後、都を御所市室に遷し秋津嶋宮(あきづしまのみや)としました。古書文献によると、孝安天皇は120歳を越える高齢で崩御され、この玉手岡上陵に埋葬されました。こんな見晴らしのよい墓所で生涯過ごせるなんて、幸せですよね。この近くに皇后の陵はないものでしょうか、神武天皇のように。なお、孝安天皇の秋津嶋宮跡は画像を掲載しましたように、西の御所市室というところに鎮座おはします八幡神社のあたりとされています。この陵を下ってすぐの田甫を東に曲がって進むと小さな雑木林の中に趣のある祠堂があります。あまりにも小さくてキュートなもので見逃せなかったので画像掲載してあります。初秋の午後のこの景色に見とれていると時間のたつのも忘れそう、そんな感じも受けました。羨ましいですね。
孝安天皇(こうあんてんのう)は、日本の第6代天皇。欠史八代(第2代から第9代天皇)のひとり。なお、欠史八代は後世の創作とする説が有力。( ̄o ̄)/訪問したのは真夏の夕暮れ時。緑ゴケに覆われた石畳の階段をゆっくりと登って御陵の森を抜けていく。絵画のような緑一色の風景が幻想的でした。
第6代 孝安天皇 こうあんてんのう長い石張りの坂道を歩くと見晴らしの良い参拝場所です(^.^) 坂道の途中枝分かれして別の金比羅神社への参道もあります。
| 名前 |
孝安天皇 玉手丘上陵 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[日月火水木金土] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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2019.5.4参拝。