延喜式内大社で巡る歴史の旅。
葛木御縣神社の特徴
大和国六御県神社の一つ、歴史ある神社です。
祭神には劔根命と天津日高日子番能瓊瓊杵命が祀られています。
境内に佇む大きな木が、訪れる人を癒してくれます。
令和6年4月29日参拝第7回万葉ウォーキングにて延喜式内大社 旧村社 創祀不明主祭神 剣根命(つるぎねのみこと)元々の祭神は天津日高日子番能瓊瓊杵命(あまつひたかひこほのににぎのみこと)で、剣根命は明治5年に祀られた。かつては100mほど東にあった西光寺という寺院の境内に鎮座していたが、延宝8年(1680)新庄藩主・桑山氏が自身の産土神である尾張国海東郡の諸鍬(もろくわ)神社を三才山(みさやま)の上に勧請した際、近隣十ヶ村の神社とともに三才山に合祀されたとのこと。万葉集の巻7 1337番歌に「草に寄す」と題して「葛城」(かづらき)の地名が歌われている 作者不詳【題詞】(寄草)【原文】葛城乃 高間草野 早知而 標指益乎 今悔拭【訓読】葛城の 高間の草野 早知りて 標刺さましを 今そ悔しき【読み】かづらきの たかまのかやの はやしりて しめささましを いまそくやしき【訳文】葛城の高間の萱野(かやの)、そこをいち早く見つけて刈標(かりしめ)を刺しておけばよかったものを。それができなくて、今になって悔やまれてならぬ。
大和国六御県神社の一つです、式内社で大社です、『延喜式』神名帳には大和国 286座あります、県別でいえば三重県が一番多いようです、
葛木御県神社かつらぎみあがたじんじゃ奈良県葛城市葛木68祭神劔根命天津日高日子番能瓊瓊杵命式内社(大)大和国に6つある御縣神社の1つ劔根命は葛城国造。
大和国六御県神社のひとつに数えられます。残りの5つは高市御縣神社・十市御縣神社・志貴御縣神社・山辺御縣神社・曾布御縣神社。
境内には、大きな木があります。
| 名前 |
葛木御縣神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
0745-69-3910 |
| HP |
http://www.jinja-net.jp/jinjacho-nara/jsearch3nara.php?jinjya=2900026 |
| 評価 |
3.4 |
| 住所 |
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葛城御県神社(かつらぎみあがたじんじゃ)。奈良県葛城市葛木。式内社(大)、旧村社。【祭神】劔根命(つるぎねのみこと)(合祀)天津日高日子番能瓊瓊杵命(あまつひたかひこほのににぎのみこと)【関係氏族】葛木氏資料によると、旧桑海村の鎮守として現地より東100mにあった。延宝8年(1680)領主が三才山に諸鍬神社を移した祭当社も同所へ合祀される。元治元年(1864)三才山を飯豊青皇女の墓として修理することとなり、明治2年(1869)当社も式内社として復祀され、旧地に遷すことになったが、旧社地は西光寺地蔵堂の一画(位置不明)を残して人家が密集していたため、旧社地の西100mの現在地に遷座した。この地は大和国に六ヵ所(高市、葛木、十市、志貴、山辺、曾布)ある御県の一つである。何時頃からか、境内に八王山西光寺が立てられ、神社は衰微し、一小社を留めるのみの有様になつた。明治5年までは、天津日高日子番能瓊々杵命一座であつた。劔根命は葛木氏の祖として祀つたものであろうか。劔根命は、『日本書紀』に神武東征の論功行賞により葛城国造に任じられたと記される人物である。なお、社名の葛城縣主(葛城主殿縣主)の祖神は劔根命の兄にあたる生玉兄日子命(いくたまあえひこ)である。とあります。