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名前 |
白龍大明神 |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
5.0 |
古くは、この社の近くに井戸が存在しており、その井戸の名が今井であったという。今井の地名が歴史に現れるのは1386年(至徳3年)で、この頃は興福寺領であった。大和国は京都に都が遷されてから長らく興福寺が治めており、鎌倉幕府も敢て大和には守護を赴任させず、古代豪族の流れを汲む大和四家と呼ばれる有力衆徒国人(筒井氏、越智氏、十市氏、箸尾氏)が各地の荘園を管理していた。今井庄は、興福寺一乗院の荘園で、1386年(至徳3年)に高取城主越智家栄が市をひらこうとした記録が残っている。(興福寺一乗院文書)