数百年の歴史、久木原神社へ!
久木原高良玉垂命神社の特徴
数百年の歴史を持つ久木原高良玉垂命神社は、地域のシンボルです。
栗林橋を過ぎて南下すると左手に神社が見えます。
久木原の地名は上妻郡久木原村に由来しています。
数百年位前からこの場所に鎮座されておられるのでしょう。神々しくもあり、懐かしいような感じもあり、景色にも溶け込んでおられます。
県道52をR442に向け南下すると星野川に架かる栗林橋を過ぎ左側に神社は鎮座している。神社についての説明文は神社の入口と境内に詳しく掲示してある。御祭神は武内宿彌、三筒男命、天児屋根命等と記されている。桜門から始まり50段位の石段を上ると鳥居、狛犬、石灯篭群、御社となる。拝殿上の屋根(向拝の天井)の造りが印象深い造りである。秋葉神社と大国主命神社の境内社も鎮座している。
| 名前 |
久木原高良玉垂命神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
4.7 |
| 住所 |
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久木原高良玉垂命神社神社のある「久木原(くきはら)」という地名は、上妻郡(かみつまぐん)久木原村に由来します。明治22年(1889年)久木原村・北川内村・本分村が合併して、改めて北川内村が発足しました。昭和28年(1953年)北川内村が町制施行して北川内町となりました。昭和33年(1958年)北川内町・横山村が合併して上陽町が発足して、北川内町は消滅しました。平成18年(2006年)上陽町が八女市に編入しました。高良玉垂命神社(こうらたまたれのみことじんじゃ)の総本社である高良大社(久留米市)は、高良大社(福岡県久留米市)は、1600年以上の歴史を誇る九州屈指の古社で、「筑後国一の宮」として地域最高の社格を誇ります。 社伝によれば、仁徳天皇78年(西暦390年)または履中天皇の時代に高良玉垂命(こうらたまたれのみこと)が高良山に鎮座したのが始まりとされています。古代から朝廷の崇敬が厚く、平安時代の『延喜式』では最高位の「名神大社」に列せられました。中世には強大な神領を有し、武家からの信仰も集めました。特に南北朝時代には、征西将軍宮・懐良親王の拠点となるなど、軍事的・政治的にも重要な役割を果たしました。江戸時代に入ると、筑後久留米藩主・有馬家の庇護を受け、現在の社殿は万治3年(1660年)に3代藩主・有馬頼利によって建立されました。権現造りの社殿(本殿・幣殿・拝殿)は神社建築として九州最大級の規模を誇り、国の重要文化財に指定されています。また、宝物館には国指定重要文化財の「紙本墨書平家物語(覚一本)」や「高良大社文書」などが収蔵されています。