古事記に彩られた欽明天皇の地。
欽明天皇磯城嶋金刺宮跡の特徴
あったようです、欽明天皇の宮の跡地です。
仏教が伝来した場所に近く、歴史的価値が高い。
大和の師木島にある、深い歴史を感じる場所です。
令和7年3月23日 第9回万葉ウォーキングにて訪問第二十九代欽明天皇(509〜571)は継体天皇の皇子で、安閑天皇や宣化天皇の異母弟。『日本書紀』に「都を倭国の磯城郡の磯城嶋に遷す 仍りて号けて磯城嶋金刺宮とす」とあることから、この地がシキまたはシキシマと呼ばれ欽明天皇の宮が営まれたと伝わる。公園内には「仏教公傳の地」や「磯城嶋金刺宮址」の石碑、柿本人麻呂の万葉歌碑が建立されている。巻13 三二五四磯城島の 大和の国は 言霊の助くる国ぞ ま幸くありこそ 柿本朝臣人麻呂歌集。
この辺りに、欽明天皇の宮があったようです。歴史を感じさせる桜井市です。
なんとも寂しい場所に欽明天皇の宮跡があったのですね。中和幹線が大和川を越える高架下です。だれも気付かずに通り過ぎてしまいます。推定地とはいえもう少し整備してほしいです。欽明天皇の御代に仏教が公伝したことは教科書にも載っているのですから。大和川の洪水とかで宮跡などは消えてしまったのでしょうか。
掃除ができていない。
仏教伝来地の近くにありました。こちらのあたりは、大和川の船舶を利用した物資や伊勢方面と奈良方面の街道交差点にあたっていらしたそうで、つばいちなど非常に栄えていらしたようでした。
私の子供の頃、今より南に100mの田んぼの中にありました。
大和の師木島の大宮跡欽明天皇 古事記によると、“弟のアメクニオシハルキヒロニハの天皇(欽明天皇)、大和の師木島の大宮においでになつて、天下をお治めなさいました。”磯城嶋金刺宮跡伝承地(しきしまのかなさしのみやあとでんしょうち)の碑が建っています。
| 名前 |
欽明天皇磯城嶋金刺宮跡 |
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| ジャンル |
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| 営業時間 |
[土日月火水木金] 24時間営業 |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
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《解説看板》欽明天皇磯城嶋金刺宮(推定地)初瀬川と栗原川に挟まれた地域は、かつて磯城嶋と呼ばれ、古くは室町時代に法隆寺僧訓海が著した『太子伝玉林抄』、元文元年(一七六三)の並河永らによる『大和志』、大正三年の大神神社宮司斎藤美澄による『大和志料』により、この地域に金刺宮があったものと推定されている。『太子伝玉林抄』によると、室町時代には金刺宮の内裏跡は、現在地より東北約百メートルにある字垣ノ内一帯にあったとの伝承が、既に存在していたようだ。