笠原康勝公の歴史を感じる。
龍松院の特徴
龍松院は笠原康勝公の菩提寺で、その由緒深い歴史が魅力です。
大倉山公園の近くに位置し、美しいお庭が非常に素敵です。
白壁が立派なお寺で、静かな雰囲気に包まれています。
曹洞宗20250402(水)小机駅前にある雲松院の末寺。共に池と龍に関係のある寺です。大倉山梅林の隣、静かに佇む落ち着きのあるお寺です。ひととき立ち止まって味わって下さい。東屋からは甍が見えます。
2024/08/17訪問。お盆は過ぎたとは言え、いつでも門と脇入口を閉ざして入れない様にしている。済生に対しこの様な運営は、寺の在り方としてどうかと思います。
ここ龍松院は、小田原北条氏の家臣、小机城主笠原康勝公の菩提寺で、境内には、笠原康勝公夫妻の墓も、あるとの事とても良かったです✨✨大曽根城の菩提寺だとか、何とかという話も、ありますが、どうでしょう?!
ここ龍松院は、小田原北条氏の家臣、小机城主笠原康勝公の菩提寺で、境内には、笠原康勝公夫妻の墓も、あるとの事とても良かったです✨✨大曽根城の菩提寺だとか、何とかという話も、ありますが、どうでしょう?!
大倉山梅林の梅見坂を下ると左手が大倉山の緑地、右手に龍松院の長い白塀が続き、なかなかの風情。龍松院の開基は小田原北条氏の家臣で、小机城代だった笠原康勝という。境内も広く、横浜の市街地ではなかなか見かけない立派な構えの寺院である。境内の池の横の階段を上がって行くと文殊堂があり、「笠原平左衛門尉照重公 妻子之墓」が建っている。照重は康勝の子とされている。
中には入った事は有りません。梅園に隣接していて由緒有る寺の用で建物や外観の塀等も良く整備去れた立派な造りです。目の前の道路は狭いが寺の私道でしようか?左側に寺の駐車場が有ります通行禁止の立て看板も有りました。今の梅園部分は東急電鉄に売却後に横浜市の管理下に。元はかなり広い敷地だったのでしよう。回りの住宅地は解りませんが!曹洞宗の寺院は立派な造りの所が多く観られますね。学校やホテル経営等色々やってますね。
このお寺は大倉山公園から近くお寺内のお庭がとっても綺麗で素敵でした。
小机城代の笠原康勝公が妻子の菩提を弔う為に開いた寺院。戸倉城で松田憲秀の息子の裏切りで亡くなった御子息かは不明。笠原康勝公は小田原北条家宿老で、小机城代を務め自身は大曽根~太尾見晴らしの丘に股がる大曽根城を本拠とした。龍松院周辺の丘も城の一部だろう。康勝公は間宮綱信公と共に北条家を代表し織田信長公との外交を担当した武将であり、小机城代、北条五色備の白備え隊の大将として小机城主北条氏尭公を補佐し河越城では上杉謙信公から城を守り抜く等、武功と政治力に秀でた文武両道の名将だった。父の笠原信為公も文武両道で知られ和歌を好んだ武将だったそうで、北条氏綱公から深い信頼を得ていた事で知られる。
古くからあるお寺です大倉山公園の隣にあります。
| 名前 |
龍松院 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
045-531-1551 |
| HP | |
| 評価 |
3.4 |
| 住所 |
〒222-0037 神奈川県横浜市港北区大倉山2丁目36−8 |
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