お茶の水の歴史、緒方洪庵も眠る。
高林寺の特徴
地下鉄本駒込駅から徒歩1分の立地でアクセス便利です。
緒方洪庵夫妻のお墓があり、歴史を感じる場所です。
ペット霊園があり、犬連れでのお墓参りも可能です。
とっても歴史のあるお寺で、お茶の水の地名の由来にもなったお寺です。高林寺境内の泉から湧き出たお水を徳川家に「お茶の水」として献上していたことで、「お茶の水」という地名がおきたと云われる歴史のあるお寺です。明暦の大火後に現在地に移転しています。境内には、歴史あるお寺に相応しく著名な方のお墓があり、適塾で知られる緒方洪庵先生のお墓、アララギ派の歌人 岡麓先生のお墓もあります。また、男性よりも有名な女性が眠る場所のようで、洪庵先生の横には、内助の功で知られる八重さんのお墓があります。江戸の地で突然に亡くなった緒方洪庵先生の死後は適塾を支えたことでも知られます。夫の死後と云えば、境内には織田家墓所もあり、こちらには松孝院と呼ばれた織田のお姫様も合葬されています。松孝院は、徳川忠長の正室で、夫である忠長が、自害に追い込まれ、非業の死を遂げた後60年も墓すら建てられなかった中、昌清寺を始めその菩提を弔うために心を尽くされた方です。あるいは、恋多き?竹久夢二の最愛の女性と呼ばれる「しの」さんのお墓もこちらにあります。若くして病に倒れた最愛の人を最期まで想った証として、竹久夢二が亡くなる時まで身につけていた形見の指輪には「ゆめ35しの25」の刻印があったと伝わっています。歴史や悲運や悲恋やらに圧倒される場所ですが、お寺のご好意で墓前のお参りを許して頂けました。本当にありがとうございました。
高林寺は曹洞宗系の単立寺院、慶長元年(1596)の開山。当初、神田にあったが、慶長9年(1604)に御茶ノ水に移転、更に明暦3年(1657)の明暦の大火後に現在地に移転。墓地に医師で蘭学者であった緒方洪庵(1810-1863)や歌人、書家であった岡麓(1877-1951)の墓がある。大通りからの入り口路は文京区立駒本小学校と共通で、入り口個所に光林寺の案内標柱が建てられている。
地下鉄【本駒込】の駅から近く、エレベーターで上がって徒歩1分ほどの距離にあります。小学校が隣にあり、子供たちの元気な声も聴こえたりします。住職の方はとても優しいです。宗派は元は曹洞宗だそうですが、現在では他の宗派も受け入れているようです。
毎年、お正月に妻のご両親のお墓参りの伺っております。都会の中にあっても静寂が感じられ、気持ちが清々しくなれる場所です。
慶長元年に神田に創建され、同九年にお茶の水に、また、明暦の大火後に現在地に移転したといわれている。第二次世界大戦で本堂を消失したが、最後の空襲の後すぐに再建されたお寺です。墓所には投稿写真の通り、福沢諭吉、大村益次郎、橋本左内らの師でもある江戸時代後期の蘭学者「緒方洪庵」の墓所が有ります。
いつ墓参りに行っても墓所内は掃除が行き届いて綺麗です。隣の駒本小学校は元高林寺の敷地だった所を提供したそうです。父の葬儀の時は臨時駐車場として頂きました。
庭木や花を丹精込めて美しくしてくれているお寺さん。
緒方洪庵が眠ります。
住職さんがとてもいい人で良かったです!
| 名前 |
高林寺 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
03-3821-1623 |
| HP |
https://www.city.bunkyo.lg.jp/bunka/kanko/spot/jisha/korinji.html |
| 評価 |
3.6 |
| 住所 |
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