奈良の中世環濠集落探訪。
番条環濠集落(番条城跡)の特徴
往時の雰囲気を色濃く残す水壕が、訪れる人々を魅了しています。
家々の立派な門が、集落の価値を高めていることに驚きました。
番条環濠集落の堀は、北北東の稗田集落に劣らず素晴らしいです。
奈良盆地に多数点在する中世の環濠集落のひとつ。古い建物が多数残っている。
立派な環濠集落です。この集落の苗字が堀から始まる2文字が多く環濠を堀と呼んでいたのであろうと推測できます。
画像で見るのと実際に環壕集落を目の前にするとでは全然違うなと思いました。興味のある方は是非足を運んでください。おすすめです😊
集落を取り囲む堀は北北東の稗田環濠集落が素晴らしいですが、こちらの集落は家々の立派は門がすごいです。
稗田、若槻、番条と環濠集落を訪ねて来ましたが、あまり整備されず、おそらくかつての雰囲気を残した環濠が残る番条が気に入りました。ちなみに観光的なサイン、看板等はありません。すぐ横を流れる佐保川の舟運の上限であったようで、かつては栄えた集落だったことが感じられます。
2022/11/6 城跡探訪近畿モトクロス選手権最終戦 名阪大会の帰り道。まだ日が高かったので、以前から気になっていた環濠集落を探索してみます。道路標識にも書かれてある『稗田環濠集落』に向かったつもりが、なぜか環濠集落違いで『番条環濠集落』にたどり着きました。ここは、日本書紀に名が記されている下ツ道(中街道)の近くになり、佐保川左岸に沿って自然の形で残された集落です。室町から戦国期にできたとされています。自衛のために掘られた壕は集落の東・北・西に残されています。集落の中心にはいくつもの社と立派な木々が生い茂っている神社があります。 GoogleMap上では、ここに「番条城跡」と記されていますが、城跡を思わすような遺構は見当たりませんでした。 城跡が神社に変わっているのは、いくつもの城跡で見てきたので、ここもそうなのかなぁと思いました。集落に入る道は細い農道なので、十分に周囲に気を配っていかれることをお願いします。車か神社正面鳥居の横に社務所があり、その前が少し開けているので止めることは可能ですが、地元の方への配慮は忘れずにしてくださいね。 歴史あるお家が多く美しい街並みを形成していました。 奈良でしか味わえないような歴史深さをかんじた探訪でした。
水壕が往時の面影を残している。神社の周りには土塁址。番条環濠は、佐保川東岸沿いの後背湿地を利用した長大な環濠集落で、その内部に南北に並ぶ三郭が認められる。個別に造られた各城館を連ねて一体化した典型例である。応仁の乱前は越智方に属し、1459年筒井方に攻められ、番条長懐父子が自焼没落した時、共に番条郷民ら道俗男女多数も堀に落ちて死んだ。この時の城と堀が現在の環濠のどの部分かかわからないが、当時すでにかなりの人数が籠城できる城郭であったことがわかり、城郭化の起源は多分、大和永享の乱にさかのぼるであろう。番条氏は応仁の乱以後、筒井氏に属し、松永久秀の時代、筒井氏と共に松永方の手に落ち、1571年に復帰した。
遺構や説明板はなかったな。このマーキング部付近の御宅のお濠が綺麗に残ってたわ。
| 名前 |
番条環濠集落(番条城跡) |
|---|---|
| ジャンル |
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| HP | |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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南北に縦長い環濠遺構です。東側の庄屋口堀や辻堂堀が水を湛えてよく残っています。室町時代に越智氏に属した番条氏がおり、戦国期には一時、松永氏により落城しています。