松尾芭蕉が詠んだ升買いの夜。
松尾芭蕉句碑の特徴
住吉公園内の記念碑は、松尾芭蕉にゆかりのある場所である。
升買って分別かわる月見かなという句が刻まれた石碑がある。
宝の市と呼ばれる神事での歴史がここに息づいている。
松尾芭蕉が元禄7年(1694年)に大坂入りした際、住吉の津(住吉公園付近)で開かれていた宝の市(市場)で升を買い、その翌日に句会を開いたことについての顕彰碑。元治元年(1864年)、芭蕉没後170年を記念してこの碑は建立されました。芭蕉は、大坂入り後、ひと月ほど後に亡くなりました。大坂へは、この住吉大社参拝と宝の市での買い物が、生涯最後の旅になったそうです。
松尾芭蕉は忍者の隠密と言う事を聞いたことが有るが全国各地で句を読み最後は大阪にて死去している。本町の久太郎町の御堂筋に『芭蕉が終焉の地』の石碑も有る。
「升買て分別かはる月見かな」神功皇后の御代、収穫された供物を升に乗せて住吉大神にお供えしたあと、庶民に供物を分け与えたのが升の市の起源の祭りです。宝の市とも升の市とも呼ばれ、いつしか升が売られるようになったようです。元禄7年(1694年)9月13日、芭蕉翁は住吉大社に詣でて 升を買い求めた事を俳句に認められたのが、此の句碑です。その1ヶ月後、10月12日南御堂近くの 花屋仁左衛門の貸座敷にて、「旅に病んで 夢は枯野をかけ廻る」の句を遺し生涯を終えました。尚 住吉大社反橋の少し横にも 同様な句碑が有ります。
松尾芭蕉が元禄7年(1694年)の9月12日夜、住吉大社の「宝の市」神事にお参りし、社頭で升を売る店を見て詠んだといわれる、「升買って 分別かわる 月見かな」の句が刻まれている。芭蕉はこの句を詠んだ翌月に、大阪で亡くなった。 この句碑は、元治元年(1864年)秋、門流の浪速月花社中の人々が建てたもので、上部の丸い穴は、月をみたてたものといわれている。その他、住吉公園内には「源氏物語の碑」「潮掛道の碑」がある。
| 名前 |
松尾芭蕉句碑 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[土日月火水木金] 24時間営業 |
| 評価 |
3.6 |
| 住所 |
〒559-0002 大阪府大阪市住之江区浜口東1丁目1−13 |
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住吉公園内に建つ石碑。