弥刀神社で心癒される。
弥刀神社の特徴
地元の人々に愛され、八坂神社のスサノオ様を祀る神社です。
お参り後には美しいろもが見え、ラッキーな体験ができます。
本殿は春日造りで、1991年3月に造替されて歴史を感じます。
弥刀神社(みとじんじゃ)。大阪府東大阪市近江堂。式内社(小)、旧村社。【祭神】速秋津彦神(はやあきつひこのかみ)、速秋津姫神(はやあきつひめのかみ)速秋津彦神は、日本神話の「神産み」でイザナギとイザナミの間に生まれた神で、妹である速秋津比売神と共に河口や港に鎮座し、罪や穢れを呑み込んで清める役割を持つ「水戸神(みなとのかみ)」です。港の神、海の神として、また『延喜式』の「大祓詞」に記される「祓戸四神」の一柱として信仰されています。資料によると、鎮座地は古大和川の自然堤防の微高地にある。水上の安全を所るために祀られた神であつたと思われる。天平宝字6年(762)6月、大和川の大洪水で長瀬堤が決潰した際、近江堂の字切所・切下・切の浦などからの激流のために、社殿ことごとく流失したとのことである。地名は一大港湾にのぞむ大きな水戸(河口)であったことから「大水戸」(おおみと)と呼ばれ、「大水戸」→「おおみと」→「近江堂」と変化した。江戸中期の儒学者・並河誠所が若江郡近江堂村にあった牛頭天王社を式内・弥刀神社と比定したもの。とあります。
御朱印をいただきに参拝しました。少し車で行くには道が狭いです。直書きの御朱印でいい言葉も書いてあります。
地名の由来(ゆらい)昔(むかし)から海や川の水の出入口を「みと」または「みなと」といい、那珂川(なかがわ)と桜川(さくらがわ)・千波湖(せんばこ)の間につき出た台地から「みと」と呼(よ)ばれました。以上、茨城県の県庁所在地「水戸市」のHPより。以前より同じ音「みと」なので気になっていました。ここ「弥刀神社」の解説看板にも「一大港湾にのぞむ大きな水戸(みなと)、すなわち海に入り込んだ地帯あるいは河口であったことから大水戸(おおみなと)と呼ばれ、それが「おおみと」と転じ、さらに訛って近江堂と呼称されるようになったのであろう」と有ります。近江堂は隣接する公園名称になっています。創建は不詳ですが「続日本記」という歴史書によれば西暦762年に旧大和川(現長瀬川)の氾濫により社殿がことごとく流出した記録があるそうです。近隣の弥刀公民分館には古墳時代後期の「弥刀遺跡」が発見されており、その頃より人々の営みが有り、何らかの信仰も有ったと思われます。茨城県水戸市とは約600km、古代日本史のロマンを感じます。社殿と楠の木が「絵」になる神社です。御朱印も頂けそうなので、いずれ再訪したいと思います😊。
ここも御利益あります!段差がないので車椅子でも不安はありません ここは弥刀の方の見守り神社 そういえば前の近鉄の踏切事故ほとんど聞かないね人との出会い増えて心うきうき 出会いの神様に認定したい 皆様の力で開運スポットにして盛り上げたいな御守りの自販機あれば即買うんだけど、御神籤の自販機も近くにお店少ない 神社の傍には食べ物屋どこでもあるのに淋しい。
とても良い神社で、お参り後にはろも見えてラッキーだった。
地元の神社です。元旦にお詣りに伺いましたが、ほとんど並ばずお参りすることができました。御朱印などの取り扱いはありませんでした。屋台などもでていません。
八坂神社はスサノオ様祀られていて薬のことを祀られている大国主様もいらっしゃいます。子供の頃に家族と来ています。近くに不二家さんがありミルキーなめていた子供時代を思い出します。いつもありがとうございます。
新年(1/1)早々、初詣に行きました。既に、30名強の参拝客が並んでいました。さほど、大きく無い神社ですが、行けば、心が落ち着きます。
恐らく17時で、社務所はお終いだったのでしょうが17時前に電話してみると、「今、会合だから1時間後だったら対応できますよ。」と言って下さいました。わざわざ1時間後にお電話まで頂き、最近不幸が続いているので「幸せになりたいんです!!(。•́︿•̀。)」と、言うとおみくじを見て、「このおみくじは良いわよ。幸せになれるわよ!!(◍•ᴗ•◍)お家でゆっくり読んで下さいね。」幸せになれるわよ。大丈夫。その言葉でどれだけ救われたか。泣きながら帰りました。絶対、この厄から抜け出して幸せになります!!奥様、有り難うございました!!
| 名前 |
弥刀神社 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
06-6722-0591 |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
|
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元日にお参りしました。こじんまりとした綺麗な神社でした。