道明寺で戦の神に思いを馳せ。
誉田林古戦場址石碑の特徴
真田丸や関ヶ原の戦いを体感できる歴史的な場所です。
南河内の戦略上の要地として歴史的背景が豊富です。
数々の戦場が織りなす魅力的な散策エリアです。
「眞田丸」の年に❗
誉田から道明寺にかけて関ヶ原の戦い跡を訪ねる。
数々の戦の舞台となった。河内地域の重要なな拠点。
この地は南河内の戦略上の要地であったため各時代で戦場となっている。南北朝初期には、北朝細川兄弟と楠正行の間で、中期には畠山政長と義就の間で、また畠山植長と義英の間で、大坂夏の陣でも大坂方薄田隼人がこの境内に陣を置いている。
NHK大河ドラマ「真田丸」でも有名になった道明寺・誉田の戦い。今は、このあたりは閑静な住宅街です。特筆すべきは真田幸村と伊達政宗(片倉重長)の戦い。激戦でした。でも注目したいのはその後の話です。死を悟り、敵将に自分の子供を託した真田幸村、そして託された伊達政宗(片倉重長)は、最後まで徳川家康から真田の子孫を守り通しました。凄惨な戦いが続いた戦国時代の中で、ひときわ光彩を放つ歴史上の逸話です。じ~んときちゃいますね。
| 名前 |
誉田林古戦場址石碑 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[土日月火水木金] 5:00~19:00 |
| HP | |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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誉田さんが 戦の神さんで立身出世を祈願します。⬜️由緒板より転写⤵️誉田八幡宮の付近は、南北朝から室町戦国の 各時代を経て、江戸初期の元和年間にかけて 戦略上の要地であったため再三古戦場の舞台と なったところである。すなわち、南北朝初期の正平年間には、北朝 方の細川兄弟の軍と楠木正行の間で合戦が 行われ、室町中期の享徳年間には畠山政長と 義就の間で再三にわたり誉田合戦が行われた。 すこし降って、永正元年(一五〇四)には、前記の タネナガ 孫に当る畠山稙長と義英との間で合戦のあとで 和議となり誉田八幡宮 「社前の盟約」が結ばれ たのもこの境内であった。大阪夏の陣の折には、 大阪方の武将薄田隼人正もこの境内に大陣を 置きこの地より出撃して道明寺近辺で討死を とげたのである。⬜️以上転写終了⤴️