古き良き下町、鳩の街通り。
鳩の街通り商店街の特徴
東向島に位置し、昭和3年設立の歴史ある商店街で風情を感じられます。
鳩の街唯一のカフェー建築が残り、下町の面影を色濃く伝えています。
音楽イベントやハロウィンで盛り上がり、鶏肉屋さんのお惣菜が絶品と評判です。
頑張って欲しい商店街こないだのイベントの写真です。
②2026.6.4(木)夕方の様子を写真に収めてます。初夏らしい光景が目に入りました。🍧かき氷、お面やスーパーボールなど夏祭りを連想させる駄菓子屋的商品の陳列、近所の神社でこの週末に行われる夏祭り(高木神社例大祭⛩)の告知ポスターが貼られてたり祭り告知のぼりがいたるところに掲げられてました。おでん屋さんはしばらくの間は休業し「9月に再開」と貼り紙してありました。派手に道路に水撒きするお店もあった。もう夏だよね雰囲気的にも。味わいあるカフェも2.3店舗見つかったし次回訪れた時はゆっくりランチしたくなりました。①2026.2.19真冬の午後3時頃に訪問した時の写真になります。日当たりが悪くて余計に寒く感じます🥶。美味しそうなおでん屋さんが印象的ですがそこ以外に「これは」と思える場所は無かった。商店街の端にペットカフェがあるくらいかな。🕊鳩は確かにいますね。群れる鳩たちの動画を撮影したのでアップしますね。※そうそう…鳩と言えばイトーヨーカ堂(ヨークベニマル等の関連企業も含んで)も連想するが曳舟駅前にイトーヨーカ堂があったし京成沿線は元々イトーヨーカ堂系店舗が目立つものだ。でも通り上空に鳩が飛んでるから「鳩の街通り」と呼んだのだろうね。
向島見番通りに行く際によくとおります。こぐまのあんみつ玉に惹かれるのですが、通りの空気が何故か一味違う感じがするのです。
「鳩の街」から「鳩の街通り商店街」へ。商店が通りの1部にかたまっていますが、しっかり近所の買い物の街として意外に活気があります。鳩の街の特色だったカフェーなど建物は見学するところは無さそうです。
1928年からの歴史がある商店街。東京大空襲で焼け残ったため、戦前の区画が残されています。この商店街があった場所は戦後間もない頃は「鳩の街」と呼ばれていました。これは、米軍が「ピジョン・ストリート」と呼んだことが由来です。「鳩の街」というのは要は「赤線地帯」です。東京大空襲で玉の井から焼け出された銘酒屋がこの地で商売を始めました。当初の顧客は米軍兵士でしたが、翌年には病気予防のために米兵の利用は禁止され、日本人相手のいわゆる「赤線地帯」としてにぎわいました。しかし、1958年、売春防止法の施行により全ての業者が廃業しました。現在、「鳩の街」というのは商店街の名前として残っていますが、その商店街はとても寂れてしまっています。墨田区京島のキラキラ橘商店街、荒川区のジョイフル三ノ輪商店街、品川区の武蔵小山商店街と比べると一目瞭然です。中には頑張ってるお店もありますが、多くのお店は看板だけ残して、実際は営業していないのがほとんど。店主の高齢化や後継者不足、少子化、大型スーパーの開業、ネットショッピングの隆盛など、その理由は枚挙に暇がありません。やはり商店街は今の時代、非常に苦しい立場に立たされているのだということがわかります。かつての赤線地帯を偲ばせるカフエー建築も現在は多くが取り壊されてしまったようです。赤線地帯の名残はその記憶と共に風前の灯です。
過去は赤線地帯でカフェー形式を取ったあの手の店が数十店舗あったそうです。カフェーと言えば不純なサービスを連想していた時代があって、そうでない店を純喫茶と呼ぶ様になったそうです。鳩の街通りを良く観察すると当時のカフェー建築が数軒残っています。
もうカフェー建築も一軒だけですね。商店街も随分と活気がなくなりました。
東向島に有る商店街で、水戸街道と墨堤通りを繋ぐ様な位置になります。平日に伺いました。開いてるお店は、少なかったですが、昭和の雰囲気残る街の感じに、故郷の商店街を思い出しちゃいました😊
現在やっているお店はかなり少なそうで、狭い路地にある住宅街という感じです。ただ、戦前からあるらしき建物は趣があり、昭和の時代を感じられ、タイムスリップしたかのようでした。
| 名前 |
鳩の街通り商店街 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[月金土日] 10:30~18:30 |
| HP | |
| 評価 |
3.4 |
| 住所 |
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古き良き下町の雰囲気が残る通りです。この辺りは戦時中に空襲に合わなかったらしく迷路のような町並みや所々の古い建物が残ってます。戦後間もない頃は赤線地帯いわゆる色街だったそうですが今はその名残はほとんどありません。ただ最近はお店がどんどんなくなっていって普通の新しい住宅に代わっていってしまってるようです。すぐ近くにスカイツリーがあるのがまた下町らしいです。