大正橋の東詰に刻まれた 安政地震の教訓を再確認...
「安政大津波」の碑・大地震両川口津浪記の特徴
1854年に起きた大地震津波の史跡がここにあります。
木津川の大正橋東詰にある記念碑で貴重な歴史を伝えます。
安政地震津波碑は後世への重要な戒めとなっています。
大地震が起こって津波がきたという記録が書いてあります。大阪でも津波による被害があったとは意外です。
東海・南海・東南海の海洋を震源地とする地震は、必ずやって来る。津波の被害が恐ろしいのである。この石碑には碑文に毎年墨が入れられている。常に読める状態にせよと、先人は教えているのだ。
木津川に架かる大正橋の東詰に残された石碑。1854年(嘉永7年)に発生した大地震とその後の津波被害の様子が記されています。津波は道頓堀川にまで流れ込み、橋が流され、多くの人が犠牲になったとのこと。「前回の大地震のときも、同じように津波被害に遭った人がたくさんいたのに、それを伝える人がいなかったため、また多くの人が犠牲になってしまった」これは東日本大震災の話ではありません。地震翌年の1855年、今から160年ほど前に江戸時代の人が書き残した、痛切な反省の記録です。南海トラフ巨大地震の危険が叫ばれている現在、私たちは過去の教訓を決して忘れてはならないと思います。
ここまで津波が来るということを忘れてはいけないです。
大正駅に向かう途中、思わず目を見張って読んでしまいました。心に残りました。一観光客ですが、もし立ち寄ることがあれば見ていただきたい場所です。
1854年(安政1)に起きた地震津波による被害記を刻んだ石碑。この「大地震両川口津浪記」の碑のことが「週刊文春」2023年7月6日号の連載「室町ワンダーランド」(第59回新しい地図記号)に詳しく解説されています。新しい地図記号とは、自然災害伝承碑をさしています。執筆者の清水克行さんの熱意が伝わってくる文章です。碑の意図することを理解し、先人の遺志を受け継いで、現在まで碑文を守り続けている方々…「心あらん人」びとの存在を知りました。2023.7.9
| 名前 |
「安政大津波」の碑・大地震両川口津浪記 |
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| ジャンル |
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| 営業時間 |
[金土日月火水木] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.5 |
| 住所 |
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嘉永7年(1854)11月の大地震、大津波による大被害、その規模や被害を記録して、後世の戒めにと…そんな安政地震津波碑が大正橋の東詰に建っている。地震の翌年1855年に建立、地震が来たら津波が起こる。そんな時の心得を残し、"願わくば心ある人よ、文字が読みやすくなる様に墨入れをして下さい”と…驚くのは5カ月前と148年前の大津波の事も書かれていること、感心したわ。現役の時代、東大教授畑村洋太郎の”失敗の哲学"の講演を聞いた。東北大震災も大昔の津波の被害を受けて"これより下、家を建てるべからず"の碑。だが、新しい人は建ててしまう。人間は100年、150年経つと教訓を忘れてしまう。再び、大津波で多くの犠牲者を出す。結局、実務訓練だな、逃げ道を体に刻んでおくことかと。どうすれば後世に繋げるか?福島では、若者が4年かけて現地に出向き、先人の思いや被害者の気持を漫画という日本得意の文化を活用して発信した。若いあんちゃんも捨てたもんじゃないと拍手した。👏