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村宮。真裏には地蔵堂がある。当村には昔、源義経とその一向が逃げのびて来た時、家臣の亀井六郎が病に倒れた。村人の手当の甲斐もなく亡くなった時に、義経はお世話になった礼にと、笈、刀、法螺貝を寄進したそうだ。高寺山の高僧の血を受継ぐ法印森口氏は、村の家宝として大事にしたと言う。しかし、戊辰戦争のイザコザでそれらは散逸し法螺貝のみが戦前迄残されていたそうだ。貝は村の祭事等に使用されていたとか。勿論、当神社の神事にであろう。散逸した笈は家臣弁慶の笈と伝えられ、亀井六郎の廟所も不明となり、法螺貝も売りに出されてしまった。貝は響きがよく、祭り時には子どもたちの楽しみだったそうだ。その笈が会津若松市三島神社に伝えられる笈かはわからないが、なんとも勿体ない限りだ。小高い丘の上の神社を参拝していると、何処からか法螺貝の音色が響いて来そうな感傷に浸ってしまう。