藤原頼長ゆかりの左府の森。
左府の森の特徴
平安時代末期の公卿を感じられる魅力的な史跡です。
興福寺の五十二段に囲まれた自然豊かな場所です。
左府の森は藤原頼長ゆかりの歴史的なスポットです。
左府とは藤原頼長のこと。保元の乱で崇徳上皇側につき、7月11日に流矢にあたり父を頼り奈良まで落ち延びた。その際に身を隠していた場所。14日に般若寺で死亡した。
| 名前 |
左府の森 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[日月火水木金土] 24時間営業 |
| 評価 |
4.6 |
| 住所 |
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「左府の森(さふのもり)」とは、興福寺の「五十二段(ごじゅうにだん)」と呼ばれる階段の周辺にある木々を指し、平安時代末期の公卿 藤原頼長(ふじわらの よりなが)にゆかりのある場所です。左府とは、左大臣の唐名(中国風の呼び名)で、当時、左大臣だった藤原頼長のことを指します。1156年に起きた保元の乱で敗北してしまい、逃走する際に頼長が身を隠したり、一時の休息をとったりした場所が、現在の興福寺・五十二段付近の木々であったと伝えられていて、そのため「左府の森」と呼ばれるようになったそうです。