大阪城の美景、極楽橋から!
極楽橋の特徴
大阪城の北側に位置し、本丸へ繋ぐ重要な橋です。
2022年1月の訪問で、観光客が多く活気があります。
豊臣秀吉が築城した歴史ある橋で、御座船も見応えがあります。
大阪城、橋、お堀が同時に見えるとても美しいビュースポット多くの方が写真撮影しているため人でごった返しています。
2019年1月訪問大阪城公園駅から天守閣に向かう途中に通過内堀に架かる二の丸と山里丸を結ぶ橋築城当初は、秀吉が好きな豪華絢爛な「廊下橋(屋根付きの橋)」だったが、現在は鉄筋コンクリート製で再建されたもので質実である。
「極楽橋(ごくらくばし)」は、大坂城の二の丸と山里丸(本丸の北側)を結ぶ橋です。その歴史は古く、豊臣秀吉の時代から存在していました。当時の橋は豪華な屋根付きの廊下橋だったと伝えられていますが、徳川幕府による再建や明治時代の焼失を経て、現在の橋は1965年(昭和40年)に架け替えられたものです。極楽橋の最大のおすすめポイントは、橋の上から望む「大阪城天守閣」の姿です。ここからは天守閣を北側から見上げる形になります。
2025年12月に訪れました。橋から見渡す景色はオススメです。撮影スポットにもなっているようでした。
2025.10.2大阪城を極楽橋経由で見に行く際に通った。極楽橋の名前の由来は、大坂本願寺を極楽浄土に見立てて、そこに行くための橋という意味でつけられたようです。
大阪城の北側にある内堀を渡る橋 この後 渡橋 大阪城 本丸まではまだまだ…
極楽橋は、大阪城公園内にある橋で、大阪城の内濠を渡る重要な通路です。名前の由来は、豊臣秀吉の時代に極楽浄土をイメージして名付けられたとされます。
山里丸と二ノ丸とを結ぶのが極楽橋です。豊臣秀吉が1583年(天正11年)に築造を開始した大坂城でも、この付近にかけられた橋を極楽橋と呼んでいました。大阪夏の陣で落城後、豊臣大坂城は埋められてしまいますが、徳川幕府が再建した時に架けなおされました。江戸時代には幅8mの木造でしたが、明治維新の大火で焼け落ちてしまいます。その後97年後の1965年(昭和40年)に再架橋されました。現在の極楽橋は長さが54m、幅5.4mで橋脚と主桁を鉄筋コンクリートで造られていますが、上部は歴史的景観に配慮し、伝統的な擬宝珠高欄としています。
大阪夏の陣で落城後、豊臣大坂城は埋められてしまいますが、徳川幕府が再建した時に架けなおされました。江戸時代には幅8mの木造でしたが、明治維新の大火で焼け落ちてしまいます。その後97年後の1965年(昭和40年)に再架橋されました。非常に見応えがあり、写真映えしやすいポイントです。
| 名前 |
極楽橋 |
|---|---|
| ジャンル |
/ / |
| 電話番号 |
06-6755-4146 |
| 営業時間 |
[土日月火水木金] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.4 |
| 住所 |
|
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天守閣を撮影するなら構図的には、二の丸内堀越しか、こちらの極楽橋からが美しいと思います。石垣も重厚的で要塞感が増し増しかと。ちなみに本物の秀吉大坂城極楽橋は、今のものとは違い、豪華絢爛を極めていた廊下橋だったみたいです。琵琶湖に浮かぶ竹生島に移築された国宝・宝厳寺観音堂唐門がその一部なので、お城好きは併せて見学しましょう。