薬師寺金堂で国宝の薬師三尊像に感動!
金堂の特徴
春の修二会の花会式では、彩り豊かな造花が飾られた薬師如来様を鑑賞できます。
美しい再建された建物と両側の三重塔が景観をより引き立てています。
薬師寺まで近鉄西ノ京駅からのアクセスが良く、参拝ルートも充実しています。
薬師寺金堂 ― 建てたもの勝ちの仏教新年、薬師寺を訪れました。おうちでおせちをいただき、お屠蘇はありませんでし(笑)。薬師寺金堂は、1976年に白鳳時代の様式で復興されたお堂です。1528年の戦火で焼失して以来、約450年。長い不在の末に、ようやく戻ってきた中心でした。この金堂再建を成し遂げたのが、高田好胤(こういん)管長です。当時の薬師寺は、金堂を失い、国宝の薬師三尊像が仮殿に安置されるほど荒廃していました。再建は誰の目にも無謀に映ったはずです。高田師が選んだ方法は「お写経勧進」。一巻1,000円で写経を募り、その積み重ねで伽藍を建てるという、前代未聞の計画でした。当然、激しい批判が起こります。「神聖なお経を売るのか」「薬師寺なのに薬師経ではないのか」。それでも高田師は、般若心経を選びました。理由は明快でした。薬師経は長く、誰もが気軽に書けるものではない。一方、般若心経は約270文字。1時間ほどで書き終えられる。「一巻でいい。とにかく多くの人に、仏の言葉に触れてほしい」その発想がすべてでした。また、戦後の日本が物質的な豊かさへと突き進む中で、高田師は「物で栄えて、心で滅ぶ」ことを強く危惧していました。執着を手放す「空(くう)」を説く般若心経こそ、当時の日本人の心に必要だと考えたのです。結果は数字が物語ります。8年足らずで100万巻。紙にして約15トン。批判は消え、金堂が建ちました。建てたもの勝ちです。批判していても、お堂は建ちません。建築を担ったのは、「最後の宮大工」と呼ばれる西岡常一棟梁。「千年持つ建物」を目指し、伝統工法を貫いた金堂は、いまも揺るぎなく、薬師寺の中心に立っています。集められた無数の般若心経は、金堂の下、薬師如来の真下に永代供養として納められました。これは資金集めの結果ではありません。人が書き、祈り、手放した時間の総体です。今回は御本尊のすぐそばまでは行けませんでした。それでも、金堂そのものには触れた気がします。紙の重みと、人の覚悟が積み上がった建物でした。高田好胤師は、きっとどこかでニヤリと笑っているでしょう。魂がどうこうではありません。お釈迦さまのすぐ横で、「ほら、建ったやろ」と言っている気がするのです。関西人らしい、実におもろい仏教でした。金堂の御本尊は、薬師三尊像(国宝)です。中央に坐す薬師如来は、病を癒やす仏。掌には法輪が刻まれています。左右には日光菩薩・月光菩薩。腰をひねって立つ、動きのある姿が特徴で、白鳳時代の仏像らしい軽やかさがあります。薬師如来の台座には、ギリシャの忍冬文やペルシャの蓮華文など、シルクロードを通じた文化交流を示す文様が刻まれています。ーーーー新年を迎える準備として、仏像に溜まった一年間の埃や汚れを拭い清めるための儀式、お身拭いがあります。金堂の薬師三尊像(中央の薬師如来坐像と両脇の日光・月光菩薩立像)、大講堂の弥勒三尊像などが対象となります。白装束に身を包んだ僧侶や、青年衆と呼ばれるボランティアの学生らによって行われます。朝に行われる鏡餅つきに使用した蒸し米の湯(とぎ汁)を浸した白い布「浄布(じょうふ)」を使い、はしごを使って像の顔や体などを丁寧に拭き清めます。読経が響く厳かな雰囲気の中で行われ、仏像は元の艶やかな姿を取り戻し、参拝者は一年の感謝と無病息災を祈ります。ーーーー修正会(しゅしょうえ)2026年の様子午後1時になると、静寂に包まれた薬師寺の金堂に、法要の開始を告げる鐘の音が響き渡ります。厳かな雰囲気の中、お坊さんたちが国宝の吉祥天女像(元旦〜3日)を本尊に、読経を始めます。参拝者は、目を閉じ、知らず知らずのうちに犯したであろう過去の罪に思いを馳せます。お堂には、人々の健康や世界の平和を願う祈りの声が満ち、新しい年への希望が静かに広がっていきます。およそ30分ほどの法要と新春法話(1月1日〜3日の場合)を通じて、訪れた人々は清々しい気持ちになり、心が落ち着く貴重な時間を過ごすことができます。この日中法要は、参拝者が自身の行いを反省し、吉祥招福(きっしょうしょうふく)を願うための、奈良時代から続く大切な儀式です。ーーーー薬師寺の花会式【正式には「修二会(しゅにえ)・薬師悔過(けか)法要」】毎年3月下旬から4月上旬にかけて7日間行われます。この行事は、平安時代に堀河天皇の皇后の病気平癒を薬師如来に祈願し、全快した皇后が感謝を込めて10種類の造花(梅、桃、桜など)を奉納したことに由来します。以来、本尊の薬師如来像に色とりどりの華やかな造花が供えられることから「花会式」として親しまれています。期間中、10人の練行衆(れんぎょうしゅう)と呼ばれる僧侶が、国家の繁栄、五穀豊穣、万民の幸せなどを祈り、昼夜にわたり1日6回の厳しい法要(六時の行法)を繰り返します。最終日の夜には、煩悩を象徴する鬼を追い払う「鬼追い式」も営まれます。毎年、地元の人々によって一年がかりで手作りされる約1,600本もの精巧な造花が金堂を彩り、堂内は華やかな雰囲気に包まれます。900年以上途絶えることなく続けられてきた、人々の信仰が息づく法要です。
薬師寺の金堂は、寺の中心に立つ心臓部のような存在です。堂々とした佇まいなのに、どこか柔らかな雰囲気もあり、初めて目の前にすると自然にため息がこぼれるタイプの建物ですね。金堂は、薬師寺の本尊である「薬師三尊像」を安置する最も重要なお堂です。もともとは奈良時代に建立されましたが、その後の火災で失われ、現在の姿は 1976年に復興されたもの。ただし、外観や構造は奈良時代の姿を忠実に再現しており、古都・奈良らしい端正なシルエットが魅力です。薬師三尊像は国宝で、薬師如来像は凛とした静けさが印象的で、脇侍の月光・日光菩薩像と並ぶ姿は圧巻です。
昭和後半に再建奈良時代仏教彫刻の最高傑作の一つとされる本尊・薬師三尊像(国宝)が祀られる。
• 金堂は7世紀後半(西暦698年頃)に建立された飛鳥時代の建造物です。• 幾度も火災に見舞われ、現在の建物は1976年に再建されたもので、創建当時の姿に復元されています。• 建築様式は中国唐代の様式で、低い屋根と安定したプロポーションを備え、法相宗の厳格さと智慧の美しさを体現しています。
素晴らしい歴史的建造物。中の仏像なども、素晴らしいが。勿論撮影が厳禁。薬師寺の中央部に鎮座しています。拝観料は全体で¥1,000かかります。
春の修二会の花会式では、造花が飾られてとても彩られた薬師如来様を見られます。夜の花会式は、金堂内を締め切って厳かな儀式をします。中々、知られていませんが、とても厳粛な雰囲気で行われる、薬師寺の重要行事です。
東西両塔の真ん中くらいにあり素晴らしい建築物です 中の仏像が相当古く迫力があります薬師寺金堂は、奈良県奈良市に位置する薬師寺の主要な建物の一つです。この金堂は、薬師三尊像が祀られている仏殿であり、薬師如来を中心とした薬師三尊(薬師如来、日光菩薩、月光菩薩)が安置されています。薬師寺は、天武天皇が発願し、持統天皇の時代に完成した寺院で、日本の古代仏教建築の代表的な存在です。金堂は、その中でも特に重要な建物であり、当初から薬師三尊像を安置するために建てられました。現在の金堂は、何度かの火災や再建を経ています。特に江戸時代の再建が有名であり、その際に建築様式も一部変化しました。金堂の建築様式は、平安時代からの仏教建築の伝統を受け継ぎながらも、時代ごとの建築技術や美意識を反映しています。内部の薬師三尊像は、日本の仏教彫刻の中でも特に優れた作品とされ、その優雅な姿と細部にわたる精緻な彫刻が特徴です。また、金堂内にはさまざまな仏教絵画や彫刻があり、訪れる人々に深い感銘を与えます。薬師寺金堂は、その歴史的価値と美術的価値から、多くの観光客や研究者が訪れる場所となっており、日本の文化遺産としても高く評価されています。
本尊の薬師三尊像は国宝で数度の火災にも金銅製だったことから奇跡的に現存。その再安置のために昭和51年に現在の金堂が復元されたそうな。最後の宮大工と云われた西岡常一氏と管主高田好胤氏の尽力話は有名ですなぁ😆木造復元ではありますが、本尊のある中央部分は火災からの文化財保護の為鉄筋コンクリートで造られており、防火シャッターが内臓されています👍令和6年7月訪問。
☆薬師寺式伽藍の中央に威風堂々と鎮座する荘厳な「金堂」、1976年(昭和51年)再建❗️二重二閣の建造物、高さ約22m、二重の建物なのに4階建てに見える、風雨避けの庇屋根があることで意匠性が凄く向上、両側に東塔と西塔が配置され変化に富んだ白鳳伽藍の壮麗さ再現、本当に素敵です😄
| 名前 |
金堂 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| HP | |
| 評価 |
4.6 |
| 住所 |
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金堂は法相宗大本山薬師寺の中心となるのお堂(本堂)で内部に御本尊で国宝の銅造薬師瑠璃光如来及両脇侍像(三尊像)を祀ります、薬師瑠璃光如来が座る台座も国宝になります。二重の屋根構造を持つ「二重二閣:にじゅうにかく」の建築物で外観からは四階建てのように見える荘厳な造りです、裳階と呼ばれる庇屋根が付いた「龍宮造」が特徴で、創建当時の建物は享禄元年(1528年)の戦火で焼失していて昭和五十一年(1976年)に白鳳時代の様式で再建されたものです。