国宝十一面観音と美庭を散策。
法華寺の特徴
光明皇后が建立した歴史ある寺院、法華寺です。
藤原不比等由来の邸宅跡に位置しています。
美しい庭園を散策できる魅力的なスポットです。
国宝の十一面観音像の特別公開に合わせ訪問。小ぶりながら美しい観音様です。もう少し近くで見たかったです。
2025.10.25秋の特別公開に伺いましたご本尊の十一面観音のご開帳こちらは国宝で、光明皇后が池を渡る姿だそうです光背が一般的なものとは違うのと、足や手に躍動感がある事を見て知りました本堂には他の仏像、宝物殿には国宝の釈迦三尊の仏画見どころの多いお寺御朱印、朱印帳があります駐車場 タイムス後払い60分500円拝観料 1000円大和路八十八面観音巡礼朱印帳 600円解説本 600円。
法華寺(ほっけじ)は、奈良駅の北西2.4kmほどの奈良市法華寺町に伽藍を構える光明宗の寺院です。大和三門跡の1つに数えられる尼寺です。奈良時代、聖武天皇(701〜756年)が創建した総国分寺の東大寺に対し、光明皇后(701〜760年)が開基となり、父の藤原不比等(659〜720年)の邸宅跡に総国分尼寺として建立されました。正式名は「法華滅罪之寺(ほっけめつざいのてら)」と称し、七堂伽藍を備えて隆盛を極めましたが、延暦13年(794年)平安遷都とともに衰退しました。鎌倉時代に入り、東大寺大仏殿の再興を果たした僧・重源は、建仁3年(1203年)、法華寺の堂宇や仏像を再興しました。現在も寺に残る鎌倉時代様式の木造仏頭は、この再興時の本尊廬舎那仏(るしゃなぶつ)の頭部であると推定されています。さらに、その半世紀後、鎌倉時代中期の真言律宗の僧・叡尊によって本格的な復興がなされました。明応8年(1499年)大和国に攻め込んできた細川政元の家臣の赤沢朝経によって焼き討ちされると、永正3年(1506年)再び攻め込んできた赤沢朝経によってまたも焼き討ちされました。そのうえ文禄5年(1596年)には慶長伏見地震にもあって、最終的には東塔以外の建物を失いました。現在の本堂、南門は、慶長6年(1601年)に豊臣秀吉の嫡男の豊臣秀頼(1593〜1615年)と母・淀君が、鐘楼も翌慶長7年(1602年)に豊臣秀頼と淀殿が片桐且元を奉行として復興したものです。江戸時代になり、後水尾天皇(1596〜1629年)の養女・高慶尼が入寺して以来、当寺は尼門跡寺院となりました。『本堂(国重要文化財)』は、慶長6年(1601年)豊臣秀頼と淀殿により片桐且元を奉行として再建されたものです。寄棟造、本瓦葺きで、正面7間、側面4間。堂内厨子に本尊・十一面観音像(国宝)を安置しています。『十一面観音像(国宝』は、法華寺の本尊で、像高1m、本堂の厨子内に安置されています。「天竺(インド)の仏師・問答師が光明皇后の姿を模してつくった」という伝承をもちますが、実際の制作は平安時代初期、9世紀前半と見られます。像はカヤ材の一木造。保存状態もよく、平安時代彫刻を代表する作品の1つで、制作当初から彩色や金箔を施していない素木像で、髪、眉、ひげなどに群青、唇に朱、白目に白色を塗り、瞳、肩に垂れる髪、冠や腕釧などに銅板を用いるほかは、木肌の美しさを生かした素地仕上げとします。『鐘楼(国重要文化財)』は、慶長7年(1602年)豊臣秀頼と淀殿により片桐且元を奉行として再建されたものです。二層建てとし、上層に鐘を吊る「袴腰付き鐘楼」ですが、上層に縁や高欄を設けない珍しい形式としています。『南門(国重要文化財)』は、慶長6年(1601年)豊臣秀頼と淀殿により片桐且元を奉行として再建されたものです。切妻造・本瓦葺の四脚門です。『浴室(からぶろ:国重要有形民俗文化財)』は、光明皇后が千人の垢を自ら流したという伝説のある蒸し風呂です。それ以来、古例に倣って尼僧ではなく庶民のために使用していたとされます。現存の建物は、江戸時代の明和3年(1766年)再建のものです。『光月亭(奈良県指定有形文化財)』は、奈良県添上郡月ヶ瀬村(現・奈良市)大字月ヶ瀬にあった旧東谷家住宅を昭和46年(1971年)に移築したものです。『名勝庭園(国史跡)』は、江戸時代初期に作庭され、広さ約500坪あり京都の仙洞御所(せんとうごしょ)の庭園から石や庭木などが移されたと伝えられています。護摩の灰を粘土に混ぜて形を作り、文様彩色を施した愛らしい犬形のお守りも知られています。光明宗(こうみょうしゅう)は、奈良県奈良市にある法華寺(ほっけじ)が平成11年(1999年)に真言律宗(総本山:西大寺)から独立し、創建時の光明皇后にちなんで名づけられた仏教宗派で、真言律宗を基盤とする、独立した宗派です。
娘の懐妊で犬の御守りを頂きに大和西大寺駅からタクシーで行きました。帰りに興福寺へ行く。
特別拝観料 800円、春と秋に御開帳される十一面観音菩薩立像や維摩居士坐像他と庭園が見所の寺院です。十一面観音菩薩像は期間以外はご分身像を見ることが可能です。5月のGW期間に行きましたが、庭園はカキツバタは見頃で、観光客も少なかったためベンチに座り静かなゆったりとした時間を過ごせました。駅から少し離れていますが、オススメです。
大和西大寺駅からバスに10分ほど乗り法華寺にて下車バス停から平坦な道を進み約5分で到着滞在時間:約80分6月10日まで名勝庭園が特別公開されていると知り初めて訪問しましたちょうど団体入場者がおらずゆっくりとまわれました思っていたよりも広く見どころがたくさんありました次回は特別開扉の時期に訪問しようと思います。
天気が良く観光日和でしたが、あまり観光する方も少なく、ゆっくりとお参りできました。国宝あり、歴史ありと、本当に見応えのある寺院ですので、お勧めです。《解説看板》光明皇后 御創建 総国分尼寺 法華滅罪之寺天平の昔、聖武天皇が、国分寺・国分尼寺建立の詔を出され、東大寺と法華寺がその根本道場の総国分寺・総国分尼寺として建立されました。総国分尼寺・法華成罪之寺は、後に略して法華寺と呼ばれ、中世の頃より宮家や公家の姫君が入寺されるようになりました。姫様の入寺された御寺は尼門跡と呼ばれるようになり、法華寺もその頃より法華寺門跡と呼ばれ現在に至っております。
聖武天皇の皇后である光明皇后が父、藤原不比等の邸宅を宮寺として建てた総国分尼寺。ご本尊は光明皇后の姿を写したという柔和な表情をされた「十一面観音立像」。光背が蓮の花と葉という珍しいお姿です。秘仏で普段はご分身像を拝観できます。手がとても長い!これは仏さまの三十二相のひとつ「正立手摩膝相」(しょうりゅうしゅましつそう)で、私達がどのような苦しみや悲しみに遭っても仏さまは必ず、どんな場所でも届く手を以てお救い下さる。ということを表現しているそう。心が安らぎます。本堂に入って左側には国宝「維摩居士坐像」があります。十一面観音立像に夢中になると見逃してしまいます。忘れずにお参り下さい。東書院では古代ひな人形展も開催されていました。
光明皇后が建立した法華寺に行ってきました。時間がなかったので中は入れなかったのですが外側だけでも大きいお寺だと分かりました。近くには公園が有り、長閑な場所です。
| 名前 |
法華寺 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0742-33-2261 |
| 営業時間 |
[水木金土日月火] 9:00~16:30 |
| HP | |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
|
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丁度、秋の御開帳で国宝十一面観音をはじめ拝観させて頂きました。特別御開帳は1人1000円でした。勘違いしていて、現在修理が完了し奈良国立博物館で展示されているのは、もう一つの観音さまてした。