自然に包まれた日若神社。
妙見宮日若神社の特徴
鳥居周辺のナルト型巨石が特徴的で印象的です。
友情の木として知られる楠と杉の共生が見られます。
社殿裏に流れる清らかな小川で癒しを体験できます。
数十年前に家族に連れられて行った記憶があります。今回、久しぶりに訪れたところ、巨木のあるうっそうとした境内や社殿の後ろの清流の流れる小川がほとんど記憶通りでした。小川ではエビジョウケを使って透明の小さなエビを捕まえて遊んだことを覚えています。記憶は不確かですが、捕まえたあとは放してやったような気がします。これからも、厳かな雰囲気が失われることなく続いて欲しいと思いました。
鳥居辺りのナルト型の巨石に不自然な石の加工跡、後ろの山の形もおもしろい。
雰囲気の良い神社です。大楠がドーンとあります。
雰囲気の良い神社です。┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈〇創建:正応元年(1287年)に太宰少弐・経資入道によって創立されたと伝えられます 〇神功皇后の伝承:三韓征伐の帰路、この地で霊泉に感銘し、皇子と共に禊をされたとされる由緒ある地で、「ただならぬところ」と評されたことが地名「多田」の起源とも言われています🔎藩政時代には地元藩主も特別な取り扱いを行い、祭礼や修繕を積極的に支援。疫神社や祇園神社の勧請など地域に根ざした厚い信仰が今も息づいています。┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈神社自体は広い境内を有しています。見た感じからして昔は凄かったろうなという印象が残る神社でした。
令和3年元日、初詣で人の集まる有名神社には行かずに地元で探していたら、まさにこのコロナ禍にぴったりの神社を見つけました。神功皇后が息災延命を祈願された地とのことです。境内の巨大なご神木に相当な年月を感じます。また、社殿の裏に小川?が流れており、そこが神功皇后が禊をされたという霊水なのかなと。氏神さまとして来年以降も御参りしたいと思います。
鳥居すぐの狛犬に顔がなかったのはなんでだろう🙄裏手に道があり開けた林の奥に見えた新緑が印象的でした。疫病退散を祈願して。
鯰田の皇祖神社さんがご兼務されています尋ねると、妙見日少ヒワカ神社というのが本来の名前だそうです楠と杉、種類の違う木がひとつになっており、友情の木と呼ばれているそうです飯塚の山笠に欠かせないお汐井取りが有名です蛇には気をつけてね、とおっしゃっていました社殿の裏に綺麗な小川が流れていて清らかな気持ちになりました御朱印を頂きたい方は、皇祖さんへ行かれて下さい。
神功皇后伝承地この所の霊泉の立派なることに感激して皇子(応神天皇)と共に息災延命を祈願し禊をされた。社殿の裏に禊をされた汐井川が流れ飯塚山笠のお汐井取りの場所でもある。ただならぬところいう事で多田地名の由来となる。当地は神武天皇の伝承地でもあり、神武天皇は日尾山越える際に笹を霊泉の水につけ祖先に祈り、その笹で濃霧を払い進路を開いた。御祭神伊邪那岐命・須佐之雄命・闇雄神参拝時には若い父子が汐井川ほとりで遊んでいた。心地良い空間である。
何十年経っても変わらない自然。地元では「多田の妙見」とも呼ばれています。
| 名前 |
妙見宮日若神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
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もうすぐ桜が咲き誇る山ノ口池辺りに日若神社様があります、鳥居に向かって右の方に駐車スペースがあります。立派な灯籠と鳥居⛩️の先には見事な狛犬が一対鎮座しています、尻尾をピンと立てた構え型の狛犬様ですが、近づくとそのデティールはもうぼやけて分かりません、この場所でどれ位仕事をしてきたのかな?お疲れ様です。台座に乗っていなければ、すでに狛犬様とわからないほど石に戻りつつあります、この狛犬を見にきました!そしてもう一つ、広い境内に存在する友情の木です!神社の御神木の楠、杉の種類の違う二本が、一つになって存在しています、今も二本の木は成長しています。倒れかけた杉の木をまるで片腕で支えるような楠の木、どんなことが起きてこうなったのか?その状態でどれくらいの時間が経ったのか?もしかしたら100年も生きない我々には知る術のないことかもしれません。杉の幹を楠が支えた枝はまるで筋肉隆々の二頭筋のように大きくなり、杉を巻き包むように支えながら成長しています!すでに杉の根元は老木と化していますが、楠は支えた二頭の幹から杉にも栄養を与えているようです、杉はその先で葉をたたえています。日若神社は古いですが紅い拝殿が優しい印象です、お杜には小川が流れそこには小さい石橋が掛かっています。天満神社、疫神社二つの境内社と清楚で立派な神楽殿があります。今年一番気温の上がった3月、その高床に座らせていただき、汗を拭いていると涼しい風が吹いて、楠と杉の葉がざわめいていました、ありがとうございます、のんびりさせていただきました。