神戸海軍操練所跡へ自転車で歴史旅。
神戸海軍操練所遺構の特徴
近代日本発祥の地としての歴史的な価値がある場所です。
神戸発展のきっかけとなる重要な遺構が存在しています。
詳細な説明看板が設置されていて理解しやすいです。
遺跡発掘中でした。
海軍操練所跡は旧生田川から流れ出た土砂の堆積によって形成された砂嘴(さし)上に位置する遺跡です。この場所には1855(安政2)年に二ツ茶屋村の呉服商、網屋吉兵衛(あみやきちべえ)が私財を投じて建設した船たで場がありました。船たで場はその後、1863(文久3)年に設置された神戸海軍操練所、1867(慶応3)年12月7日(1868年1月1日)に開港した神戸港第一波止場へと役割を変え、今の神戸港の発展に続きます。現在は都市開発や神戸港の拡大によって地上から神戸海軍操練所や神戸港第一波止場の痕跡を見ることはできなくなっています。2004年に「海軍操練所跡」の遺跡名で神戸の発展に寄与した重要な近代遺跡として埋蔵文化財包蔵地に周知されました。包蔵地の範囲は神戸市立中央図書館が所蔵する『神戸海軍操練所平面図』を基に復元しています。2023年度に神戸市が実施した埋蔵文化財発掘調査によって神戸港第一波止場の遺構を初めて確認し、その下層から神戸海軍操練所に伴う可能性のある遺構を確認しました。神戸港第一波止場の遺構は南北に2本の防波堤と神戸燈竿(こうべとうかん・海上交通のための標識)が設置された敷石面を確認しました。防波堤、敷石ともに表面に間知石(けんちいし)を並べて造られています。これらは明治時代中期の古写真や古地図と位置や形状が合致しており、発掘調査成果と歴史資料が結び付く貴重な成果です。神戸海軍操練所に伴う可能性のある石積みは間知石を使用していますが、神戸港第一波止場の防波堤とは石の積み方が異なり、日本列島で主に江戸時代以降の城郭などに用いられる積み方によって造られています。発掘調査によって①近代神戸港の様子が古写真、古地図と一致する地点が初めて明らかになった②幕末から近代にかけての港湾施設の築港に伴う土木技術や構造を発掘調査によって初めて明らかにできた③幕末の神戸海軍操練所から明治時代の神戸港第一波止場にかけての遺構が重層的に重なり、古い構造物を活用しながら神戸港が発展してきた痕跡を発掘調査で初めて確認できたといった重要な成果をあげることができました。海軍操練所跡はみなとまち神戸の発展の原点となる場所であり、神戸市だけではなく日本の幕末、明治時代の政治史、開港史において重要な遺跡です。
自転車でやってきました。京橋わきの結構広いスペースですが、石垣の石が隅っこに2山積んであります。ここが海軍操練所跡なんだな~ 説明書きがありました。
詳細な説明看板設置方。興味深いぜよ!
神戸、いや近代日本出発の原点。先人の苦労が偲ばれる。関連した観光施設、資料館等の設置を期待。
神戸、いや近代日本出発の原点。先人の苦労が偲ばれる。関連した観光施設、資料館等の設置を期待。
旧海軍の操練所跡地のようです。中には入れませんが、歩道から遺跡調査の痕跡が確認出来ます。
神戸海軍操練所跡遺構。
神戸発展のきっかけとなった神戸海軍操練所の遺構。
| 名前 |
神戸海軍操練所遺構 |
|---|---|
| ジャンル |
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| HP |
https://www.city.kobe.lg.jp/a21651/kanko/bunka/bunkazai/estate/bunkazai/kaigun_20250316.html |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
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神戸港の始まりの地、海軍操練所の石垣、神戸港の堤防石垣、最初の灯台の土台石礎、昭和のマンホールと土管。