阪神大水害の記憶が宿る。
有備無患(阪神大水害記念碑)の特徴
阪神大水害の痕跡を伝える歴史的な記念碑です。
野寄公園内に位置し、静かに歴史を感じられます。
阪急沿線住吉川東詰めにあり、アクセスも便利です。
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阪急沿線住吉川東詰め、南側の野寄公園内にある碑。
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| 名前 |
有備無患(阪神大水害記念碑) |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
3.3 |
| 住所 |
|
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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神戸市東灘区にある野寄公園内に建てられている阪神大水害の災害記念碑です。\ufeff1938年(昭和13年)の阪神大水害の教訓を後世に伝えるために建てられたもので、碑には当時の内務大臣の筆による「有備無患(備えあれば患いなし)」の言葉が刻まれています。\ufeffこれから起きであろう水害や震災に備えなければと思いました。なお、説明板には下記のように書かれていました。訳文時に昭和十三年戊寅の年、晩春より長雨が降り続き、七月五日になって、未だかつてない豪雨が襲ってきた。六甲の山々は山津波を起こし、山腹はまるで滝のように崩壊し、それぞれの河川は一斉に氾濫した。濁流は滔々として流れ、崩れ落ちた巨岩も累々と重なり、土砂や木とともに荒れ狂い、ゴウゴウとどよめいた。たちまちのうちにあたりは荒野と姿を変えてしまった。痛ましいことに、死者は十一名、傷ついた者はどれほどか分からない。加えて、流失・全半壊の家屋は七百棟あまり、 埋没・浸水したものは、実に壹千五百棟あまりであった。ああ、その凄惨なありさまは表現することができない。この報道が天子の御耳に達し、畏れ多くも侍従を派遣なされ、その上、御下賜金まで賜わった。 天子の恩愛はことに優れたものであった。この恩情に対して、感激の涙にむせぶしかなかった。考えてみるに、自然の威力は強大なものである。今回の洪水については、我々としてはただ禍を転じて福とする方法を考える以外にはない。そこで村中の者が心を一つにして、復興に努力し、賢明に努めて怠ることなく、一年あまり。でようやく復興事業も完成した。人間の力もまた軽んずることはできないものである。昭和十六年辛己春本山村長 松田七右衛門。