河内西国霊場巡りの拠点。
和田賢秀公墓の特徴
四條畷の戦いと楠木正行の歴史的背景が感じられる場所です。
よく整備された公墓で、歴史を学ぶには最適なスポットです。
歴史民俗資料館への途中に位置し、訪問しやすい立地にあります。
歴史民俗資料館に立ち寄る途中に目についたので訪問よく知らない人物だがよく整備されていた。
四條畷の戦いで楠木正行は戦死(自刃)するが、部下の和田賢秀はその後も単騎で戦い壮烈に戦死する。最後は敵の首に噛みつき睨んで離さなかったという。歯が刀の役目をしたのである。そこから歯の神様という伝説も生まれた。今、勇者の墓所は、正行の墓所近くにひっそりと、しかし堂々と眠っている。色づいたイチョウの葉が美しい墓所だった。
| 名前 |
和田賢秀公墓 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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このあたりに点在する河内西国霊場を巡る際の駐車場をグーグルマップで探していたところ、和田賢秀公墓所に行き当たった。和田賢秀は、楠木正成の弟・正季の次男で正成・正季が湊川の戦で戦死した後、楠木一族の棟梁となった従兄弟の正行を支えた武勇の誉れが高い武将。1347年には正行とともに紀伊国の隅田一族や河内国の細川顕氏、山名時氏を打ち破っり、1348年の四條畷の戦いでは正行が自刃した後も戦いを続け、高師直の陣に潜入していたところを、かつて味方であった湯浅本宮太郎左衛門に見つかり、討たれた。このとき、太郎左衛門の首に噛み付き、睨んで放さず、それが元で太郎左衛門は死んだとされていて、このことからこのあたりでは賢秀の霊のことを"歯噛様"、転じて"歯神様"と呼ばれている。正行の墓所とともに史跡として大阪府指定文化財に指定されており、周辺を訪ねた際にはお参りしよう。