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名前 |
関西鉄道大仏線 梶ヶ谷隧道 |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
5.0 |
隧道というのは普段使わないですけど、トンネルを差す言葉です。ここにある梶が谷隧道は明治時代に作られた西洋式トンネルで、真上を関西鉄道の大仏線がかつて通っていたようですね。さて、梶が谷隧道付近の地形は名前の通り谷ですから、その谷に土を盛って、盛り土の上に線路を通していました。人は高低差があっても乗り越えられますが、昔の汽車はバワーが無いものですから、高低差を無くすため盛り土が必要だったのでしょうね。そして、盛り土にあたりもとからあった農道を通すため、レンガを積み上げてトンネルを作ったのが今に残る梶が谷隧道のようです。さて、今改めて歩いてみると、関西鉄道の経営者は大仏線を「鉄道の通る最適解」のルートではなく「人が通る最適解」のルート沿いに鉄道を引いたように感じます。そのため、あちこちに隧道やら橋台を作っていますね。そのためか、今でも旧道沿いに鉄道遺構が多数残っており、現代の私達も容易に見学することができます。