武田赤備えの戦跡、オンコロ様へ。
おんころ様跡の特徴
三方ヶ原合戦の舞台である歴史ある場所です。
武田赤備えの武将、小幡昌定の墓があるとされています。
重要な戦いの痕跡を感じられる神社です。
武田赤備えの一派であり三方原戦いにおける数少ない武田側で戦死した武将、小幡昌定の墓ともいわれる“オンコロ様”があった場所だそうです。
名前 |
おんころ様跡 |
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ジャンル |
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住所 |
〒431-1102 静岡県浜松市中央区大山町431 1102 |
評価 |
4.0 |
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武田軍と徳川軍の三方ヶ原合戦がありました。合戦場所は、諸説ありますが本坂通り(姫街道).大山説の中で本坂通り(姫街道)の大山町に武田軍の本陣があり、ここに祀られていたのが「おんころ様」と言われています。また、武田軍家臣の小幡又八郎昌貞が葬られ卒塔婆が立てられていたと言われています。現在は、茶畑で卒塔婆は、浜松市浜名区引佐町中川にある中川寺(ちゅうせんじ)に祀られています。補足三方ヶ原合戦で武田軍にも多くの戦死者が出ました。その霊を慰めるため信玄は、ねんごろに埋葬し、塚を築き、その上に松を植えたそうです。成長して大樹になった松を相生の松と名づけ、ここを「おんころ様」と呼び地の神として畏れ敬ったそうです。